天と地の間に吹きさらされる呪われた集落へ
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波止場では、人びとがつる編みの担架を持って、待ち構えていた。暗色髪の中年老年の男たちばかり、色あせた粗末な衣を身にまとい、皆かなしそうな顔をしている。
巻き付けた毛布ごと、ロクリンというその男は担架の中に入れられ、持ち上げられる。
その後ろについてゆきながら、ブランは辺りを見回した。なにもないところだった。
古びた小さな波止場から、草にまみれた小径を進む。人の行き来があばく草々の下には、ほとんど土なんてなくって、岩である。その岩だらけの大地にうすーく、黄ばんだ褐色の苔のような草が貼り積もっているだけなのだ。
目を上げてみる。
そういう岩地が緩やかな起伏を連ねていて、やがて水色の空にまじっていく。
ぼつぼつと黒っぽく盛り上がった点がいくつも見えるが、これが人家であるらしい。
樹がない。天と地の間に、家と人とは吹きさらしで置かれているだけだった。
後ろをふり返る。
波止場からずっと東へ、海のみぎわをたどってゆくと、小さな湾の一番奥まったところに、ごつごつと砦のようにそそり立った岩場があるのに気づいた。
「ねえ、ブラン。ベッカさんは貴族だったんだね。騎士なの?」
そうっと、ゼールが話しかけてきた。
「……隠してたわけじゃないんだけど、とりあえず他の皆には黙ってて。これから何がどうなるのか、俺には全然わかんないし」
ブランも囁きかえす。
「大丈夫だよ、ここの人たちはイリー人の身分とか、よくわかっていないし。ほんと言うと俺も、もと貴族なんだけど。べつに気にされていないよ」
「えっ?」
ひもの屋息子の言葉に、ブランは驚いてその顔を見た。
「こっちだよう」
ギーオの声が響いて、一行は石積み小屋の前でとまった。
そこの扉が開いて、枯れ木のような老人が出てくる。よれよれの灰色の長髪をうしろにまとめ、腕の中に大きな赤ん坊を抱いている。その子は地に下ろされると、よちよちっと歩いて、担架の中の男の顔に、小さな手のひらをのばした。
「大丈夫だよ、生きているよ」
男たちのうちの一人が言って、老人の肩に触れる。老人は顔を伏せ、その陰に嗚咽をかくしたらしい。
皆は家の中に、担架を運び込んだ。
ひとつきりしかない室の、あまりにも粗末な柳枝編みの寝台の中に毛布ごと移されても、男はやはり動かない。
「エメイさん、この人はベッカさん。たまたまうちの集落にいたところを、来てもらったんだ。ロクリンさんと同じ、ガーティンローの人だよ」
紹介されて、吊り燭台を両手に抱いたまま、ベッカは老人の前に進み出た。
「福ある日を。ベッカと申します」
うす暗い室内。ベッカの抱える燭台からもれ出る弱い光に、老人の潤んだ目じりが照った。
「……エメイといいます」
だいぶ聞き取りやすい潮野方言で、低く穏やかに老人は言った。
「エメイさん。ベッカさんならきっと、ロクリンさんのイリーの事情をくみ取ってくれる。つらいだろうけれど、あんたも話をして。ロクリンさんがまた目覚めた時に、なだめてもらおうよ」
ギーオが励ますように言う。
「そうだね、そうするしかないね」
「俺たちは、まわりを片付けてこよう……」
ギーオの弟と磯織り集落の男達、波止場からついてきた人々は、静かに出て行った。
「……どうぞ、狭いところですけど」
低い女声がきこえる。赤ん坊を抱いた老女、こちらも灰色の髪をひっつめて古い毛織を着たひとが、片手でいくつか腰掛を寄せてきた。
ちょっと強度が心配ではあるが、ベッカはその上にそうっと座る。老人の不安げな表情を見て、自分から切り出した。
「僕はベッカ・ナ・フリガン、ガーティンローの文官騎士です」
「……あなたも? 騎士さま?」
「はい。ロクリンさんと違って戦えませんが、人の話を聞いて様々を調べることで、皆さんのお役に立つ騎士です。ですから安心して、お話をしてみて下さい」
ベッカの抱く燭台の灯をうけ、老人の瞳にわずかな希望がほころんだようにみえた。




