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市庁舎総務課・切り札相談役! 出番です

 

「ゼール坊、来てたんだな! 舟がつないであったから、わかったよ!」



 二人の中年男性のうち、先頭に立っていたほうが、大きく手を振りながら呼びかけてきた。



「ギーオさん、こんにちはー」


「お前に頼みが……、おや、こちらさんは? あっ、イリーの方!?」



 挨拶もそこそこに、がっしりした体格のギーオさんは、ベッカの前にぐいっと出てきた。



「どうも、磯織いそおり職人のギーオです。ゼール坊が連れてきてくれたんだな、どちらから来なすったんです?」


「あ、ベッカと申します。ガーティンローから参りました」



 ギーオの目が、ぐわあああっと丸くなった。横にいるよく似たおじさん、たぶんきょうだいと、顔を見合わせてうなづく。



「あんたに、ぜひともお願いしたいことがあるんだッ。どうか一緒に、この先の集落に行ってもらえないだろうか!?」


「は、はい。何でしょう? 僕にできることなら、喜んでお手伝いします」



 ギーオの切羽詰まった声に哀願が混じっていたから、ベッカはついつい市職員の顔で答えてしまった。



「ありがとう! そいじゃ、さっそく。こっちです、ゼール坊も来ておくれ! ん、このでっかい坊ちゃんは? はぁ護衛さん、やっぱりガーティンローの人なの? じゃあ来て来て」



 引っ張られるようにして波止場へ向かう。


 数人のおじさんおばさんが、つながれたゼールの小舟と、その横ひと回り大きい舟の近くに集まっている。



「あの人、運が向いてるぞ。ゼール坊が、ガーティンローのお客を連れてきてたんだ!」



 ギーオの言葉を受け、人々の間に笑顔が広がった。



「さっそく、引き返して行ってこよう」


「新しく、荷物と火を積んどいたよ」


「おうッッ」



 大きめの舟に四人の男たちが乗り込み、ギーオはブランのあとに続いてゼールの小舟に乗り込んだ。


 やや不安を感じたものの、いかついギーオを乗せても小舟はどうってことないらしい。ゼールもギーオも、平気な顔でもやい綱を解いている。


 よく考えれば、重量制限に不安があるなら、オーランで自分を乗せる時ゼールが何かしら反応していたはずなのだ。心配要らないのかなとベッカは思いつつ、中央部の台にブランとくっついて、ぷよんと縮こまっていた。



「これを膝の上に、しっかり持っててください」



 救命胴衣をつけた二割増ベッカにギーオがよこしたのは、角形の吊り下げ燭台みたいなものだ。細いぶどうづるで編まれた隙間だらけの箱の中に、玻璃づくりの筒が固定されている。太い蜜蝋燭みつろうそくが、ちらちら燃えていた。



――お昼をまわったところで、太陽はまだあんなに高く明るいのに……。なぜ、あかりを……??



 まず前の舟が、続いてゼールの小舟がすういと波止場を離れた。


 舳先のギーオ、船尾のゼールはぴったり合った呼吸で、かいをあやつっている。手を振る波止場の人々の姿が、あっという間に見えなくなった。



「ゼール坊、今日は風案内はいいから。先のおっさん達に、くっついてっておくれ」


「はーい」



 ギーオとゼールはめちゃめちゃ息が合ってるな、とベッカは思う。たぶん小舟を買った時、乗りこなし方を教えてもらってこんな風に近しくなったのだろう。


 やがて舟は風を切り出す。ギーオが振り向いて話しかけた。



「ベッカさん、でよいのだっけ。ほんとにすまんね、せっかく商売にきてもらったのに、いきなりこんなことになっちゃって」


「いえ、いいんですよ。けれど一体、何があったのです? 別の集落で重病人が出たと、いもうとさんにお聞きしましたが……」


「そうなんですよ」


「僕は医者でなし、けがの応急処置の心得くらいしかありません。お役に立てるんでしょうか?」



 その横で、ブランはぎくりとした。“新時代騎士の心得・応急処置と蘇生”の項の授業内容を憶えていない。その時間はよく寝ていたという事実だけ、しっかりおぼえている。



「普通の病気でないんだよ。魂を病んで、自分から丘の向こうへ行きたくなっちまってるんだ」


「えっ……!」


「何とか話を聞いて、なだめて休んでもらえりゃ助かるんだろう。けどな……、俺たちではもう、ついていけないことばっかり口にするんだ」



 何と言うことだろう! ガーティンロー市庁舎総務課の切り札相談役たるベッカ・ナ・フリガンに、ぶっちぎりおあつらえ向きの案件である!



「わかりました。とにかく、お話を聞いてみましょう」



 まろやか輪郭をきりりぷよッと引き締めながら、その道の専門家顔でベッカはうなづく。


 横のブランもうなづいている。ベッカさん、その調子でゾフィ姉ちゃんに迫ってみたらいいんじゃないのだろうか。わりと男前だぞ!



「けれど、一体どうして僕に?」



 ここは疑問である。



――はっ、ひょっとして僕の相談役としての専門性が、いろいろにじみ出ちゃって、それとわかったとか……!



「あんた、ガーティンローの方なんでしょう?」



 ゼールの操る船尾の帆がぐうんと膨らんでいる、ずいぶん速度が出ている。



「ええ。そうです」


「病気になっちまった人もね、ガーティンローから来たんだよ! はじめはイリー人のゼール坊にと思ったが、うまいこと同郷のあんたが来てくれた。どうにかひとつ、説得してやっておくれ!」



 ベッカは、ぽかーんとした。



――……ガーティンロー人?? ここ、東部だよ……?



「あの集落で呪われたやつは、どんなに元気なものでもまいっちまう。ロクリンさんだって、根は朗らかでほんとに良い人なんだ。なんとか助けたいんだよ……」



 ベッカの肩が、それを聞いてぽよよんとかすかに震えるのを、ブランは見た。


 自分たちが“呪われた集落”に向かっていることを、認識したのである。





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