東部粗食の洗礼―杣がゆ・のるり佃煮―
「さあ、できたー」
おばさんがよそってくれた椀を前に、ようやくベッカは衝撃から解凍された……ぷよ、つるん……。
「お粥おいしそうー。いただきます」
ブランはさっそく、木さじを突っ込む。
――そうだ……。別世界でも何でも、お腹は空くのだ! 食べることは変わらないッ。
難しいこと、真剣なことは後で考えるとして、ベッカもいただく。ひと口たべた途端、びっくりした。
「奥さん! これは……?」
「杣麦の塩がゆですよ?」
ブランがひょろんと首をかしげた。
「え、絶対ちがうでしょ! なんでこんな、……ふわっふわしてるの?」
「ああ! そうか、イリーの西の人は、“うみごけ”を知らないのよね」
おばさんはついと食卓を離れ、炉の上に置いてあった素焼壺を二つ、手に取る。一つの中から、白く乾燥した枯草みたいなものをつまみ出した。
「この辺では、よくとれる海藻のひとつでね。この“うみごけ”は一緒に煮るとふるふるになるから、お粥やお汁に入れて食べるのよ」
「テルポシエでは、イリー人でも食べてる人はいるよ。うちの店にも、少しだけど置いてる」
慣れているらしい、ゼールが言った。
「何と言うまろやかさだ……、もともとやわらかい杣麦のお粥が、さらに口やさしい……!」
「こっちも入れて、試してみて」
おばさんはもう一つの壺に、小さじを突っ込んでベッカに渡す。すくってみると、真っ黒い粘着質な半液体が、どろりとしている。みかけは……邪悪だ!
しかしベッカは、食に関してはひるまず挑む男である。椀の中にぽとんと落とし、杣がゆとやんわり混ぜて、口に含んでみた……。
「……!!」
「うまーッッ」
隣で、同様に挑んだブランが、感嘆の声をあげた。
「何! 何なのこれ、おばさん? 甘いって言うかしょっぱ辛いっていうか、色々! なんかちょっと、くさいけど!?」
正直な十五歳である!
「それは“のるり”」
「のるり……?」
「のー、りー」
ぷよひょろ両人は同時に言って、同時同角度同方向に首をかしげた。
「それも海藻のひとつ。くず蜜と魚醤で煮詰めたもので、この辺の代表的な“お粥のお供”なのよ……」
「本当にすすむなあ……。おばさん、お代わりもらってもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。たくさんお食べ」
普通のものをおいしがる、若いのが三人もやってきて、過疎地のおばさんはたいへん喜んでいる。
「いやー、本当にごちそうさまでした。東部のごはんを初めていただきましたけど、僕はものすごく気に入りました」
お白湯を飲みながら、ベッカはおばさんに感謝する。
――いきなりテルポシエ領を越えて、東部世界に来ちゃったのは想定外だったけれど。こういう冒険や発見ならば、大歓迎だなあ!
いっぱいにくちくなった幸せなお腹のおかげで、頭の中も楽観である。
――後は、ギーオさんに会って“磯織り”のことを話し、ついでにレグリさんの形見のてがらを見てもらって何らかの情報を得られれば、それで調査もおしまいだ。
それにしても、イリー入植民のその後について、新たに知ったことは大きい。何より、ここにこうして元気に生きている東部ブリージ系の住民がいる。
このことを知れば、キヤルカやルーハは喜んでくれるだろう。ファダンやガーティンロー、イリー世界へ住みついた人びとも。
東部ブリージ系の世界は、滅びてなんかいなかった。
たしかに、心の拠り所だった精霊使いの集落はなくなってしまった。けれど海賊の略奪をかいくぐり、ひそやかにたくましく、昔ながらの生活を守っている人たちがいるのだ。
この事実に力を得て、ふたたび故郷へ戻りたい、と考える人が出て来るに違いない。それを手伝うという形なら、イリー諸国の補助はしごく真っ当なものととれるのではないか? 軍事拠点なんかではない、東部ブリージ系民の帰郷を手伝う戦略なのだ、北部穀倉地帯もティルムンも口を出せない! エノ軍はどうだかな!
――これは、言い方ひとつだぞ……! 慎重に言葉を選んで、ガーネラ侯に報告しよう……!
くるくる考えをめぐらすベッカの横で、ブランも満足気に湯のみをすすった。
「おばさんは、この村で生まれ育ったの?」
「ええ、そうよ」
「それで一度も、海賊だのに会ったことはないの」
「ないのよ。あたしが若かった頃は、ここにももっと人がいて、遠方の集落ともぽつぽつ交流があったのよ。でも、“緑の首環道”が廃れてしまってからは、他の東部地域からは人も物も、話も全然入ってこなくなってねえ。たまに陸路でやってくる、テルポシエ辺境向こうの農家さんに西方流浪のことを聞いて、ようやくびっくりしたんだわ」
流入のことを、こちら東部からの目線では“西方流浪”と呼ぶらしい。
「ここは海賊に襲われたこと、ないんだよね」
「そうよ、ゼール。奥の湾から西には、やつらは絶対に来ないの」
ちょっと不思議な言い方、力のこもり様である。
「……奥の湾? そこには何か、あるのですか」
おばさんはベッカにうなづきながら、片手をのばして炉の方へかざした。火の温かみ、炎の力にすがるように。
「呪われた集落があるの。うちの人達は今、そこへ行ってるわ」




