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ひょろ護衛、海賊の起源を推理する

 

・ ・ ・ ・ ・



「いないね」


「いないですね」



 あくる朝、かなり早めに朝食をとり、港へとやってきた二人である。


 漁船がちらほら、水揚げの始末をしているところだ。


 みゅうみゅうと鳴くかもめや浜千鳥が、淡く輝く青空のなか、船のまわりにたかり飛んでいる。


 風もやみ、晴れていた。けれど露店を広げている者は見当たらない。二人はともかく昼までは待つつもりで、港の正面、少し離れたところにある緑地の花壇に腰かけた。ひょろ、ぷよん。



「……ルーハちゃんの話によれば、たくさん品物をのせた小舟で来ていた、と言っていたね。僕は舟のことは全然知らないけれど、“小舟”といってもどのくらいのものなんだろうか」


「うーん……あの右の辺にいる、漁船くらいでしょうか?」



 ブランだって、舟のことなんか全然わからない。とりあえずの大きさで見当をつけて、言ってみた。波止場にもやい綱に繋がれて、静かに揺れているその黄色い舟には、五・六人も乗れるだろうか? 今の港に置かれている中では、一番小さく見えた。



「東部ブリージ系の人たちって、俺たちと同じ船を使っているのかな」


「どうなんだろう……。本には、みたいな黒い小舟、と書いてあったかなあ」



 イリー諸国の港で全くみかけないのだから、当然海路で来ている東部民がいない、少ないということだ。今日会えるかもしれない織り布商は、珍しい例外なのだろう。



「そう言えば。海賊たちは、どういう船を使ってるんですか?」


「あー、それは聞いて知ってる。細ながでっかい“長船”というやつでね、そのまま浜へ乗り上げられるから、浜のり船とも言うんだ」


「えっ、港がなくても接岸できるんだ……!」


「そうそう。だからあちこちの小さい村を襲うのに、都合が良かったんだろうね。三十人くらいは平気で乗れるから、漕ぎ手をのせて、さらに略奪品もたっぷり積めるんだって」



 略奪品。人や家畜を含む、ぶんどり品。



「へええ……。でもそれ、どこから来たのかなあ。やっぱり東部で、つくっていたのかな?」



 ブランの素朴な問いに、ベッカもふっと妙な違和感を感じる。


 東部の人びとは、昔からイリー世界を海路おとずれることはなく、賊におびやかされ始めてからも、自前の小舟で逃げてはこなかった。


 しかし海賊たちは強力な浜のり船を使って、次々と東部大半島の沿岸集落を荒らし続けた。ブランが言ったように、この浜のり船が東部民の発明品なのであり、長く使われていたのだとしたら……。どうして彼らは、これをイリー世界との交易や往来のために利用しなかったのだろうか?



「浜のり船は、海賊たちが独自に発明したのかな」


「え? でもベッカさん。海賊たちっていうのは、一応やつらも東部ブリージ系なんでしょう?」


「……ということに、なっているね」


「それじゃあ襲われた方の人たちだって、やっぱりそういうでっかい船の作り方を知ってたはずじゃないですか? どうして自分たちでも浜のり船を作って、戦うか逃げるか、しなかったのかなあ……」



 ブランは、どこまでも不思議でならない。襲われて、追われて、ただ逃げるしかなかったという東部の人々の境遇が想像できなかった。首をかしげて疑問を口にし続ける。


 視線を宙にさまよわせる少年の表情を近くに見ながら、ベッカはこの姿勢をうとましいとは思わなかった。


 忙しい家族なら『うるさい子どものなぜなぜ攻撃』とわずらわしく感じるところなのだろうが、ブランがこの疑問におちいるのは、当然の背景がある。敵を前にして、民を後ろにして逃げるべからず、まずは戦って全てを守れという、騎士道がブランの感覚に植え付けられているからなのだ。



「……船は別の場所から、海賊どもに伝わったのかもしれないよ」



 体力だけじゃない、精神のほうも素質・・のある子なんだ。そういう微かな確信は心のうちに隠して、ベッカは平らかに言う。



「べつの場所?」


「うーむ……。木の茂る場所、としか言えないね。あれほど長い船なんだ、大きくて太い樹々がたくさん生えて、ふんだんに木材の手に入るところでないと作るのは難しい。東部大半島は内陸こそかなり森が深いけど、深奥部は石がごろついた土地で風さらしだから、木々は大きく育たないらしいね。そこから南に行った島々なんかは、もうそもそもが寒くってほとんど木はないというよ」


「じゃあ、北部穀倉地帯かな。北部の人たちは、やっぱりブリージ系なわけだし……。海賊どもやエノっていうのは、ひょっとしたら北の出身だったのかな!?」


「それはありえるぞ。なかなか冴えてるじゃないの、ブラン君」



 エノ・北部出身説。おもしろい視点である、内心ベッカは本気で感心していた。


 そうだとすれば、よそ者の彼が東部大半島の集落を荒らしまくったのも自然にみえる。東部出身であり、故郷・・を自らつぶし壊したと言う仮説より、ずっとあり得ることのように思えた。




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