ぷよひょろ、セレブ都市オーランへ到着する
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ベッカとブランをのせた荷馬車は、からから進む。
やがて街道脇の少し狭い道へと降りて、海沿いこんもりと灰白っぽい丘のように盛り上がる、オーラン市が見えてきた。
――海にせり出している感じは、ちょっとマグ・イーレみたいだな。
思いながら、ブランは周囲を広く見渡す。しょうがのおかげで、もう重苦しい気持ち悪さは飛んでしまっている。
小さな検所があった。上品な紫紺の外套を着たオーラン騎士が、ゆっくり通り過ぎる馬上の旅人や歩行者にむけて、かるく会釈をしている。
ベッカたちを乗せた履きもの商のおじさんも、帽子を取って挨拶した。
ブランも、ベッカの真似をして、こくんと騎士たちにお辞儀をする。
相変わらず、外套を返して黒い裏地をおもてにしているベッカだから、こういう場でもガーティンローの文官騎士という身分は知れない。
騎士達はベッカのことを、小僧連れの商人くらいに思っているだろう。
やがて荷馬車は、重厚な白岩積みのオーラン城壁に迫り、とうとうその門をくぐった。
大きな国旗が、両側に垂らされている。
具象化された黒羽の女神。その両脇四ヶ所に、くっきりと濃くばらの花輪が置かれた国章だ。じつに品が良い。
イリー暦190年、今から五年前の冬に、このオーランはエノ軍の手中におちていた。
戦闘はなかった。テルポシエ同様に外側から包囲を狭められ、じりじりと触手をのばした蛮軍の前に、元首ルニエ公と騎士団は投降したのである。
しかし白旗を掲げつつもイリー世界の金融要所オーランは、財力と気品でもってエノ軍を圧倒した。
ぐうの音も出ないほどの身代金を払って、テルポシエのような壊滅的無条件降伏を回避。オーランは無血開城の後も、イリー的秩序を維持したと言われている。
「マグ・イーレ軍とグラーニャ様も、この門を通って凱旋したんですよねえ!」
若々しく弾む声に、ベッカはおやっとブランを見やった。
はためくオーラン旗を目で追っている。……ごはんを前にした時にしか見せない、きらきらした目つきで、何やら嬉しそうだ。
「そうだね……?」
ブランは、四年前の戦役のことを言っているのだ。
マグ・イーレ陽動軍がテルポシエを派手につっつき、その隙にイリー混成軍がオーラン駐在のエノ一個軍団を手際よく攻めて、投降させたことを。
ガーネラ侯の率いるガーティンロー騎士団も大いに参加していたから、おそらく従軍した父親や兄たちからの話を伝え聞いて、詳しく知っているのだろう。
ちなみにベッカはその当時、まだまだ新人の市職員でしかなかった。軍事的重要事項なんてもちろん事前には知らされない。事後にまわってきた市内治安確保の対策や見回り、各種のお知らせづくりなんかで多忙を極め、しばらく残業が続いたのを憶えている。
やがて、履きもの商は荷馬車をとめた。
城外・内壁の間で、二人は車から降りてお礼を言う。ついでに、港の織り布商のことを聞いてみた。
「ご商売の分野が違いますもので、わたくし詳しくはないのですが」
ファダンで出会ったその瞬間から、ベッカの靴の値打ちに気づいていた履きもの商のおじさんは、心からの敬意をこめて上品に話した。
「港で露店を広げている人たちというのは、広場の市で売買許可の取れない、外部の方々なんだそうです。だからと言って、おとがめがあるわけではございませんが、……保証のあるお買い物はできない所ですね。いちげん行商がほとんど、というお話です」
いちげん行商……。定期的に来る商人ではない、もしかしたら会えずに終わってしまうかもしれないな、とベッカは思った。
しかしとにかく、行ってみることにする。
ごく小さい国である。丘のように盛り上がった市街地の裏、すぐに小さな港がひらけていた。林のように帆を立てた小舟が繋がれ揺れているだけ、がらんとした波止場には誰もいない。
「……ベッカさん。あの緑地ぞいのところに、小さい人だかりが」
周囲を広く見渡していたブランが、目ざとく見つけた。波止場の反対側にある緑地に入りかけたところで、何か売っているらしい。
「行ってみよう」
しかし近づくにつれ、それが自分たちの探す織り布商とはかけ離れたものであることを知る。
露店ではなくて、ものすごく軽いつくりの屋台のようだった。
めあてのものを買えたらしい、ブランよりやや年かさの青年と娘が、嬉しそうに連れだってこちら向きに歩いて来る。
「美味しそうだね」
「美味しいのよ」
ふふふ……。ははは……。
ここ、オーランの騎士修錬校の準騎士たちなのだろう。おそろいの明るい藤色の外套をまとい、金髪をぴかぴか陽光に光らせて、片手になにかを大切そうに持っている。あいた方の手が、互いにつながれていた。
何と言う、上品な恋人たちであろうか!?
「ブラン君、見たかい」
低くするどい声で、文官は護衛の少年にむけて問う。
「見ました。葉っぱです」
ブランもまた、鋭く答えた。
「あんなもの、僕は今まで見たことがない。これは確かめなければ、いけないね」
「はい、ベッカさん」
これまでになく真剣な表情で、ぷよ・ひょろ両人は屋台の前にできている、数人の行列の後ろについた。
その背の高さをいかんなく発揮し、ブランはぎらりと、屋台主人が客に渡しているものを観察する。そして自分の目が信じられなかった!
「いらっしゃいませ。何をお包みしましょう?」
すぐに自分たちの番がくる。ベッカはきりっとした態度で、堂々と聞いてみる!
「我々はガーティンローから参りましたもので、こちらのお料理を全く知らないのです! これは一体、何なのでしょう!?」
初老の屋台主人は、にっこり上品に微笑んだ。
「オーラン港名物、ぶどう巻きと申します。ぶどうの葉の漬けものに、お好みの具を巻いてお出ししております」
くわッ!
高いところと低いところ、両位置にあるブランとベッカの双眸がひらかれた!
「今日のおすすめ具は、蒸し鶏と酢だこでございます。どちらもさいの目にしてありますので、簡単に召し上がれます」
「……そのどちらも、いただきましょう」
ベッカは厳かに答えた。
「二本ずつお願いします」




