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ひょろ護衛、ファダン水軍に興奮する

 

・ ・ ・ ・ ・



「あ、ベッカさん。あれ、あれあれ見てみて見てッ」



 興奮がそのまま、早口になった。


 騎士団長のもとを辞して、ファダン城を出た時である。


 左手に見える港に、水色の帆をずういと立てた中型船が林立しているのが、ブランの目に入ったのだ。



「すげえッッ、ファダンの水軍だっ……」



 そこではっと我に返り、ブランは慌てて周囲を見渡した。


 護衛の本分を、ちょっとだけ忘れてしまったらしい。



「立派だよねぇ……! 何艘見える?」



 ベッカも、笑顔になって言った。



「六艘かな! ぜんぶで、八艘いるんですよね! たしか」


「そうそう。イリー海の守護船団」



 沿岸地域にかたまるイリー都市国家群は、内陸部のフィングラス以外、それぞれ港を有している。しかしどこも規模は狭く、ほとんどの国は大型船を受け入れることはできなかった。


 唯一の例外がテルポシエ、穏やかなシエ湾の奥に、地形を活かした大型港を構えている。喫水の深いティルムン通商船団を受け入れてイリー世界の窓口となり、多くの利益を得ていたのである。後年、ティルムン製の船を購入して、テルポシエ発着の販路開拓も行われた。


 一方で、ファダンは独自の路線をとる。


 小回りの利く中型縦帆船に専門の武装水兵を乗せ、ティルムン船団やイリー国家間をまわる小型船の護衛役をかって出始めたのが、約百八十年前のことだ。


 東部大半島を荒らし続けた中小の海賊が、長らくイリー諸国に手を出せずにいたのは、彼らがイリー海を警邏けいらしていたからだと言われている。



「オーランの沿岸警備隊と、提携しているんですよね?」


「そうそう。ほら、あの先に見える岬……あそこがオーランで、宮もそこにある。あの辺に監視拠点があって、シエ湾一帯を見張っているって話だよ」


「へえー、何だか思ってたよりも近いんだなあ」


「そうだね、ファダンとオーランはね。まあ、海路ならって話であって、街道だと半日はかかるけど」



 とび色がかったベッカの金髪巻き毛が、ふかふかぷよんと潮風にそよぐ。



「……現時点での、対エノ前線だ。混成イリー軍の本部が、あそこにあるんだよ」



 四年前の戦役で、エノから取り返した、イリー勢最東国である。



――おっと……。この言い方は、正しくないか。テルポシエには、いまだイリー元首のエリン姫がいるのだから。形の上では今も、テルポシエはイリーの国なんだ。……少なくとも、彼女にとっては。



 箝口かんこう令の敷かれている機密部分を思い出して、ベッカは肩をすくめる。



「ね、ベッカさん! 行きませんか?」


「そうだね、そろそろ帰ろうか……」


「じゃなくって。ガーティンローへ帰る前に、オーランへ寄っていきませんか」



 弾むような調子で、ブランが言う。



「は? 何で?」


「ついでの調査ですよ。一日くらいのびたって、いいんじゃないかなあ」


「調査って……。精霊使いのことは、もう……」


「それはわかってるんですけど。ほら、せっかくここまで来たんだし。オーランにいる東部ブリージ系の人たちに、ちょっと話を聞きに行きましょう。もしかしたら別ものの、新しいねたが見つかるかも……」


「オーランに? でも、いるかなあ、あそこは……」



 ガーティンローの富裕層をさらに煮詰めたような、金持ちの精鋭がそろう小国なのだ。流入民の入りこむ隙間なんて、あるのだろうか?



「いますよ! ほら、ルーハさんの話。港で織り布を売ってる人がいたって」


「あ!」



 小さな松葉色の双眸をまん丸く見開いたベッカを見て、ブランは無防備に笑った。






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