元テルポシエ市民兵たちの最期
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ちゃんとした寝台でぐっすりばっちり眠った二人の身体は、翌朝ずいぶん元気になって、リメイーの町を後にした。
けれど、昨夜捜査を終えて帰営した分団騎士たちの話を聞いて以来、ベッカの心は重く沈んでもいる。
名もなき集落のひなびた酒商、……に見せかけたならず者たちのねぐらからは、五人の遺体が見つかった。その先の森で発見された別の五人同様、みな派手な打撃痕があったらしい。
ただ、酒商の厨房に倒れていた若い東部ブリージ系の女だけは、眠るように横たわり、無傷でこときれていたという。
ベッカが推測した通り、男たちはほとんどが、旧テルポシエ市民兵の様相を呈していたらしい。すりきれ汚れた枯草色の外套に、支給品の短槍や革鎧……。
イリー暦188年、七年前のかの地の陥落戦で、迫りくるエノ傭兵軍を前に敗走した、“二級騎士”のなれの果てだ。徴兵義務に応じて召集されたものの、ろくな訓練も装備も与えられないまま、ひたすら包囲の矢面に立たされていた若者たち。
貴族と違って識字率の低い彼らは、逃げのびても適切な情報を得ることができなかった。一般市民兵の帰郷をエノ軍は禁じていなかったのに、多くの旧兵が“故郷を追われた”と思い込んでしまったのである。
彼らはやがて徒党を組み、イリー諸国の過疎地にひそんで、追いはぎや窃盗に身をやつす賊に落ちぶれてしまった。今回ベッカとブランを売り飛ばそうとした彼らも、そういう経緯でこのファダン北端に落ち着いたものと思われた。
イリー人未踏の深遠なる森を背に、北部穀倉地帯へとまっすぐゆける山間ブロール街道が横切っている。各市をつないでうねうねと東西を繋ぐ沿岸部のイリー街道と異なり、テルポシエ領を通過していないから、別常識が支配する穀倉地帯相手の後ろ暗い取引がしやすいのだ。
おまけに何の後ろ盾も保護もない、基盤脆弱な東部ブリージ系流入民の集落が散在している。それらをうまく隠れみのにして、物騒な騒ぎ揉めごとはすべて流入民のしわざ、と罪をなすりつけていたのかもしれなかった。
「……」
ぽくぽく、低く鳴る蹄の音は、なつかしいものだった。
分団騎士たちは酒商の裏につながれたままだった、駅馬二頭をも連れ帰ってくれたのだ。
各地をめぐるのに慣らされた駅馬ではあるけれど、一日以上も放っておかれたごま小馬と黒馬に、ベッカとブランは心からすまなく思ったのである。
――あの女、ドーナさんを、僕は助けられなかった。
そういう例は、彼女が初めてではない。
キヤルカとルーハ同様、東部ブリージ系の女性を手伝って外来市民籍を取らせる前に、ふいと姿を消されてしまったことは何度もあった。けれど……。
――女性であることの不幸を、あんな風にくっきり宣言してきた人はいない……。
しかし、とベッカは考える。何で死んでしまったのだろう? 後がないと見て、毒でも飲んだのだろうか。ブランが会った謎の騎士は、女性にも容赦をしない信条の持ち主だったのか、といぶかしむ。
――それもそれで……何だか、怖い人だなあ。