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田舎のおばさん直伝、いじわる精霊回避術

 

・ ・ ・ ・ ・



 ベッカとブランはファダン騎士に伴われ、再び町役場へと引き返した。小さな談話室に通される。


 年季の入ったはなだ色外套の、地方分団長による事情聴取は長かった。


 ……が、ちょっと温かくなったベッカが外套を脱ぎかけたら、老年分団長はほがっと口を四角く開けて、叫ぶのである!



「貴侯ーッッッ、その血じみッ。重傷ではないですかぁあッ!?」


「あ、いえ、これは……」



 町役場から、先日泊まった宿へと送られ、そこに町医者がやってくる。問題ないみたいだけど、一応今日くらいは安静にしといた方がいいんじゃないと軽ーく言われ、もうこの日はここに泊まることになってしまった。


 仕方がないので、宿屋の玄関広間に陣取り、分団長・町職員とずっと話している。


 その職員の奥さんが、気を利かして新しい麻衣を買って来てくれたので、ベッカは着替えておく。


 ベッカの横幅に大いに印象づけられた奥さんは、市場で調達できる中で一番大きいのを選んだらしいが、……袖が長い。腕まくりしてのぞく手首付近が、ぷよぷよつるつるしていることに気づいて、ブランは首をひねった。


 彼の父、兄たちは手の甲のあたりまで、うすい栗金の体毛がもじゃもじゃしているのだ。おとなになると、もじゃつくものではなかったのだろうか……?



「……それで貴侯、どうされます? 東部流入民の聞き取り調査というのは、この後も続行されるのですか」



 なぜか腰を落ち着けて、はっか湯をすすりながら分団長がたずねた。現場指導は副長にまかせてしまって、自分はあんまり動かない主義らしい。じいさんだから、そういうものなのだろうか。



「いいえ、バーリ侯に情報を提供していただいたところは、ほぼ回りましたので。これにてガーティンローへ帰還しようと、思っています」


「さよですか」



 ただ、もう一度ファダン城へ寄って、できれば騎士団長バーリに会っておきたい、と思う。



「精霊のことをお調べに来なすったなんて、ねえ。ご苦労さまでございます」



 皆で囲んだ卓子の角、ベッカの臙脂えんじ外套を手にして、ちくちくやりながら町職員の奥さんが言う。


 叙勲章のつけ方が今ひとつ覚束おぼつかなくて、ブラン自身がつけ直しを頼んだのである。



「精霊でなくって、精霊使いのことを調べにいらしたんだよ。精霊どもの元締め親分だよ、おまえ……。それこそ精霊を奴隷みたいに自由に使役できちゃうのだろう、おそろしいことだよ」


「あらー、それは違いますでしょ。町長さんがあなたの親分でないように、精霊たちだって何かしら、いいものもらってるんですよ、その人から。ただ働きする精霊なんて、いないわよ」



 不安がる町職員に対し、奥さんはなんだかのんびりしている。彼女の言葉に、ベッカは興味をひかれた。



「精霊のことを、色々ご存じなのですか?」


「ええー、ちょっとみえる・・・方なものでー」



 がたんッ、横にいたブランが、腰掛けからずり落ちかける。



「ちょっとー、おまえー」



 旦那さんの町職員はうろたえている。



「奥さまは、ご覧になったことがあるのですか?」


「ええ、うちにいるのは、とってもいいかたなのよー」



 笑いじわをいっぱい作って、ところどころ白髪の光る奥さんは言った。


 その横のブラン、さらに隣の分団長も、口を四角く開けて固まっている。



「他の人には、詳しく姿のことを話さないでねって言われてますので、あんまりお教えできないんですけども。井戸の茂みに住んでますの。本当にやさしくって、子どもが小さかった頃は、ずうっと見守っていてくれましたわー。危ないことがないように、って」


「おうちについているのかな。そこは、奥さまのご実家なんですか?」


「ええ、そう。だからわたし、毎日茂みのそばに、お裾分けをするんです」


「……? 精霊って、人のたましい食べちゃうんじゃないんですか?」



 困惑顔でたずねるブランに、奥さんはふるふる頭を振ってみせた。



「皆がみんな、そうじゃないのよ。水棲馬エッヘ・ウーシュカだの魔猫だのは、わたしも怖いですよ。けど人間のそばに、そうっと寄り添ってる小さなひと・・・・・たちも、けっこういるの。そういう精霊は、乳蘇やくだものや、お菓子なんかを喜んで食べるのよ。わたしの家ではもうずうっと昔から、そうやって持ちつ持たれつ、のお付き合いをしてきましたから」



 銀の台座にのった煙水晶を、がっちり縫いつけたことを確かめてから、奥さんは臙脂えんじ外套をくるくるっとたたんで、ベッカの前に押し出した。



「だからね、この辺の田舎じゃ、どこへ行くにも飴ちゃんを持っていくの。万が一、機嫌の悪い精霊にかち当たっていじめられそうになったら、飴あげて逃げればいいのよ。見逃してくれるわ」



 奥さんは肩掛け式の巾着に針入れをしまい、かわりに小さな布包みを取り出した。にこっと笑って、ブランに差し出す。



「あなたも、飴ちゃんを持ってお行きなさいな。お守りになるわよ」

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