ガーティンローのプチぷよ文官騎士
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ときはイリー暦195年、春。
アイレー大陸南東、沿岸地域に集在する“イリー都市国家群”。その中央部にあるガーティンロー市では、多くの人びとが今日もにぎやかな生をまっとうしていた。
きちょうめんに敷かれた平石だたみ、民家でも上階があるのが当たり前のどっしりした建物、地元産石材をふんだんに使った街並みは赤っぽい。
石灰岩をくりぬいた角壇や巨大な素焼の植木鉢にも、ふんだんに花々があふれる。
さくら草にしゅうかいどう、天竺葵、じきにほころぶ予定の小ばらのつぼみ。
赤い花ばかりが植えられて目立つ。当たり前だ、ガーティンローはあかい国。人々は自分たちの中に流れる、あたたかい血潮の色を好んでいる。
その血をぎゅっと煮詰めたような濃い臙脂色の外套裾をひるがえし、小ざっぱりと掃き清められた大路をすたすた行くのは、我らがベッカ君である。
少し離れた脇を、急ぎ足の騎士三人が通り抜けていった。
かつかつかつ、がちゃがちゃがちゃ。
軍用長靴の硬い底、腰にさげた長剣のたてる音が、やかましく彼らについてゆく。
考え事にふけるベッカは、気にも留めない。
鳶色がかった金のふかふか巻き毛をなびかせ、小さな円い松葉色の目で道の先のどこかを見すえながら、黙々歩いてゆく。
最高級のなめし革でできた短め長靴は、どこまでもやわらかくベッカの足音を消す。肩からさげたおそろいの革製鞄は、もっちりした腰にはね返っても行儀よく弾むだけ。
武器を持たないベッカは、横むけ壮大なその見かけに反して、そよ風みたいにすいすいぷよん、と歩く青年なのである。
ずんぐりした臙脂色のそよ風は、やがて大路のつき当り、ガーティンロー城の使用門にたどり着く。
鎖鎧と長刀で最重装備をした衛兵役の騎士らと、ふた言み言ことばをかわして、またすいすい歩いてゆく。
重い木の扉を押してベッカが内側へ入ったのを、ちろりと見流してから、若い衛兵がぷっと噴きだす。
「相変わらず、面白い幅の取り方してんな。あんな小っせえのに、すげえ貫禄だ」
もう一人の衛兵も、それにつられてくすりと笑う。
けれど柵門を両手で閉めた壮年の衛兵は、きっと二人をねめつけた。
「口を慎みなさい。彼は、ガーネラ侯によばれて来たんだ」
若い二人は、口元に漂う笑いをかみ殺した。
「我々にできないことを、やってのけるんだよ。あの文官は」