とけかけチーズとあぶりハムのサンド
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あかるく明けた初夏の朝の中、二人は出発する。
ブランが騎士に教えられた通り、森の中を西に進むと、やがていなか道がひらけた。
「いったん、“切り株街道”のリメイーまで退却しよう。なるべく早くファダン騎士団に連絡して、この辺一帯を捜査してもらわないと……」
ブランによれば、騎士の男はならず者たちを全員倒したように言っていたらしい。しかし似ているようなことをしている輩がいるかもしれないし、北部から供給にやってくる奴隷仲介業者を取り締まる必要がある。
ベッカは、そういった商人が興味を持つのは、東部ブリージ系の人々だとばかり思っていた。
「とんでもない思い違いだったよ。イリー人でも、足のつかなさそうな人間はさらわれるんだ……。これはバーリ侯とガーネラ侯に、重要事項として報告しなくちゃ」
草の入り混じる道をてくてく歩きながら、ベッカは考えている。……これ、将来、問題になるんじゃなかろうか? イリー人を対象にした、奴隷交易……。
「あの酒商のあった所には、もう戻らないんですか? 馬を置いてきちゃったけど」
「そうだね、仕方ないけどあきらめよう。そのために保険をかけてあるのだし」
にしても長い道のり、しばらくしてベッカもブランもへばってきた。
薬をかがされて、気絶していた時間は“休息”ではない。徹夜明け状態のところ、空腹を抱えて頼りない旅路を進むとなれば、誰でもへばるというものだ。
しかし二人は、農家の荷馬車に拾われた。
通りがかり、ブランの子ども顔を見たおじさんおばさんが、憐れんで乗せてくれたのである。
「追いはぎにやられちゃったの? かわいそうにねえ」
「ひどい目にあいました」
「飴ちゃんをお食べ、元気が出るよ」
野菜の詰まった木箱と籠の間、ひょろひょろぷよりと揺られながら、二人はむちゃくちゃ助かった、と思っている。
リメイーの定期市に行くところだ、と告げられた。
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リメイーの町に着いてすぐ、ベッカは町役場に一報を入れた。
職員が慌てて、最寄りの騎士分団へ連絡に向かう。このへんの段取りは、自分も市職員だから慣れているベッカである。
役場前の広場で開かれた、定期市へと足をむけた。
ふすまのぱんに、あぶった塩豚と乳蘇を挟んで売っている屋台があって、二人はそこにひょろ・ぷよよー、と吸い寄せられる。
「ベッカさん。これ朝ごはんなんでしょうか、それともおひる?」
今回はちゃんと周囲に警戒心をめぐらしつつ、ブランが聞いた。
「朝に決まってるでしょ。来るべき時が来たら、おひるも食べるのです」
神妙な顔でベッカは頬張った、とけかけ乳蘇が、うまっ。
二人が腰掛けた花壇のすぐそばで、石造りの泉がこぽこぽ・たぽたぽ、と音をたてていた。頭に小さな二本角のある怪物像が、生あたたかい笑顔を浮かべたその口から、清水を吐き出しているのである。
果物売りに味見させてもらったはしりの杏はまだ固くって、ベッカは桜桃の方を一袋買った。
もぐもぐ、ぷうと種を手に受けつつ、ブランがたずねる。
「この先の調査は、どうなるんです? ベッカさん」
「そうだね……、」
ならず者一味の女、ドーナによって、はからずも大きな情報が得られた。
滅ぼされた集落の、最後の精霊使いは女性だった。彼女を略奪した海賊と言うのがつまりエノであり、その子メインが現首領にして精霊使い。
つまり、イリー側に与してくれる精霊使いは、存在しないのだ。
この辺をブランにはまだ、説明していなかった。口を開きかけて、ふと思いとどまる。……あの女、ドーナはどうなったのだろう。
「あ、ベッカさん。さっきの町職員の人が、ファダン騎士つれてこっちに来ます」
ぷぷぷぷー、片頬にためておいたさくらんぼうの種をまとめて掌に受け、近くのごみ箱に捨てると、ブランはベッカのちょい前に立った。