ぷよひょろ、絆のレベルアップ
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ベッカは静かに目覚めた。
どこかで鳥のなく声がする。……横になったまま気配のする方を見ると、ブランが長い背中を少し丸めて、何かしている。
濃い臙脂色のベッカの外套を手に……、 ぬいものしていた。
「ブラン君」
ぷよぷよゆっくり起き上がる、自分の身体にかけられていたのは、少年の灰色外套だ。
振り向いたブランは、即座に臙脂外套を置いて、ベッカのそばに来る。
「助かったのかな……僕らは? ここ、どこ」
「賊の一味にまぎれてたいい人が、助けてくれたんです。傷どうですか」
「……?」
騎士が巻いておいてくれたらしい、首の手巾を外す。ブランが食い入るように見つめた。
「薄いかさぶたになってる」
「え? けっこう、痛かったんだけどな?? ……自分じゃ見えないところだし、案外浅かったのかも。良かったー、大したことなくって」
笑って手巾を巻き直すベッカだが、ブランは胸の中がざわざわしている。もう乾いているけど、ベッカの麻衣は、左襟のあたり一帯が血のしみで黒ぐろしているのだ。相当量の出血があった証拠である。こんな風に早く癒える傷だったとは思えない。
けれど、傷をおかしいと思う以上に、彼はかなしくなっていた。
「ごめんなさい。勝手に鞄かくしの中から、針と糸を借りました」
にじんできたものを隠すつもりで、ブランは臙脂外套を手に取り、ベッカに見せる。
「うあっ! 叙勲章、……縫いつけてくれてるの?! ありがとうー!!」
胸元部分、煙水晶の飾が半ば取り付けられていた。
「……これなくしたら、文官騎士じゃなくなっちゃうのに。ベッカさん、あそこであんな風に使うなんて……」
あは、とベッカは笑って肩をすくめた。
「何言ってるの。石やお金で人の命が助かるんなら、使わない手はないよ」
煙水晶の表面を、ふっとい指がぷよんとなぜる。
「ブラン君が無事で、ほんとに良かった」
もう、だめだった。
急いで伏せた顔から、ぼたぼたた、と盛大なしずくがこぼれ落ちる。
「うわぁあああああん」
少年は決壊した。
一瞬、ぽかんとしたベッカが、大きな片手のひらをのばして、その肩にのせる。
「……怖かったよねー、僕もすっごく怖かった」
「ちがうんだぁあああ」
下向きのまま、少年はうなった。鼻水が一本、つーと垂直にさがる。
「ベッカさんが、あのまんま死んじゃったら。あいつらにいじめられて、死んじゃってたら……。そんなの絶対ぜったい、俺、嫌なんだぁあああ」
ひょろ長い腕をいっぱいにまわして、ブランはベッカのお腹に抱きついた。
さっき騎士に言われたことを、思い出している。
戦えない文官なのに、自分をひたすら背中にかばって守ってくれた。この優しい人を、そういう風に失うのが、心底怖くなっていたのだ。
「……大丈夫、大丈夫だよブラン君、……僕はそう簡単には死なないから」
ひいひいと嗚咽を続ける少年の肩を叩いて、ベッカは言った。
――そう。あの尊き青きくびれのゾフィさんに、僕は何としてももう一度会いたい! 会うのだ!! せめて一度、一緒にごはんを食べたいッ。お香湯をのむだけでもいいッ。そうせずにこんなところで、ガーティンローの外で死んでたまるものかッ! ……はっ!? そう言えば意識を失うまえ、目の前に浮かんだ美しきくびれ曲線の影……、あれはきっとゾフィさんなのだ。生きて帰ってあのくびれを拝めという、黒羽の女神さまのご神託かもしれぬ!
「そうです! 市職員たるもの、かんたんには死にませんッ」
いきなりきりっと言われて、ふかふかお腹からブランは顔を離した。鼻水二本つり橋が開通している。
見上げたベッカの顔は、毛筆で描いたような力強さに満ちあふれた、太い輪郭線になっていた。