ブラン少年、騎士にお説教をくらう
「君を背にして守りに徹していたから、私は弟なんだとばっかり……。文官騎士の叙勲章まで差し出して、護衛をかばっていたんですか。この人は?」
男は首をひねりながら、驚きあきれたような調子で、ブランに言った。
「……君はずいぶんと若いから、無理もないのでしょうけど……。護衛の君が守られている、というのは危なっかしいですよ。腕はたつようだけど、あの時の君は本当のほんとうに、この人を守る気ではいませんでしたね」
ブランは双眸を見開いた。身構えた、これは“お説教をしてくる大人”だ。彼のもっとも苦手とする人びと!
「そんなことないです。俺、ちゃんと、周囲を見張って……」
「でも、一番初めに薬かがされちゃったのは、君の方でしょう?」
うぐ!
ブランは喉の奥を詰まらせた。確かにそうだった、あんまり空腹だったから、目の前に置かれたうさぎ煮をがっついてしまった。
やたらききすぎた香辛料も変だと思ったし、あの給仕の女や周囲の客たちから、妙な関心を寄せられているのにも感づいていたのに。その辺全部、ま・いっか! と流して食べてしまったのだ!
≪お前はね、本当にできる子なのですけど。どうも食い意地が張りすぎというか、食べものを前にすると、隙だらけになってしまう。怖いですよ、注意しなさい≫
祖父にだって、しょっちゅう言われているのに……。ブランは今、猛烈に後悔している。
「……守るべき人を、窮地におとしいれたのは、君自身です。ようく反省してください」
男の言葉が、ブランの胸に深く深く入り込んだ。そこにわだかまって、ずうんと重い。
「それじゃ、私たち……私はそろそろ、先へ行きます」
ふいと朗らかな調子に戻って、男は立ち上がり、ふわりと黒地の外套を着た。
「お兄さん……じゃなかった、上司さんもじきに気がつくでしょうから、ゆっくり西へ向かうといい。切り株街道に出る、細い道が通じていますよ」
麻袋を背負い、黒光りのする穂先を下に向けて短槍をつるすと、男はブランに微笑んだ。
「では、おたっしゃで」
「あの、まって……待って下さいっ」
ブランもよろりと、立ち上がった。
「わかんないんです、俺ほんとに一生けんめい、やってるつもりなんです。なんだけど、どうしても、やり切れなくて……。一体どうしたら、本当のほんとに護衛できるように、なるんですか!」
少年自身、何を聞きたいのか、知りたいのかはっきりわかっていなかった。
もやもやしたもの、わからないことへの不安がそのまま、口をついて出たのである。
「あなたは騎士なんでしょう。教えてください、……俺、どうしたらいいんですか!」
男はじいっと、ブランを見つめた。蒼く深く、老いた瞳に射られて、少年は怯みかける。
「……。任された人のことを護衛する、守る守らないというのを、最終的に決めるのは君自身です。けれど、……想像してごらんなさい」
男の囁き声が、低く深くブランの耳に、心に触れてくる。
周りから、一切の音が消えたようだった。
「……その人が死んで、君がひとり取り残された場合。君はどうなると、思いますか。責任うんぬんでなくて、君自身がどう感じるか、です。どれくらい、後悔するでしょうか? 泣き叫び、絶望するでしょうか」
「……」
「そういう風に、その人を失うことを望まないのであれば。全身全霊をかけて守らなければいけない、という意味が自然にわかります」
ふっ、と騎士はやさしい笑顔を浮かべた。
「がんばって。君の選ぶ道を、きっと黒羽の女神さまも応援してくださいますよ」
『そうよ! いっぱい悩んで、君の信じる道をいくのよ。ひょろちゃんなら、きっと良い道をえらべるわッ』
茫然と動けない少年のつむじに、ぶちゅーと祝福の口づけをしながら、黒羽の女神は言った。
『そして、ぷよ兄ちゃーん! やさしいあなたは、ほんとの本当におっとこ前よ、どうか平和に生きのびて、幸せになってね……!』
腕いっぱいにベッカのお腹を抱きしめ、おへそ辺りに頬ぺたを埋めてぶちゅーと祝福をする。そうして黒羽の女神は名残り惜しそうに、小屋の扉をくぐって騎士に続いた。
「……」
右手の中にベッカの叙勲章を握りしめたまま、ブランは立ち尽くす。