ぷよひょろ、女神と騎士に救われる
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次に目覚めた時、ブランの鼻腔には、慣れた薫りが満ちていた。
乾いた木の燃える香気。
「……」
目を開ける。
何かすてきな、ふわついたもの……。あたたかいものに包まれていた気がしたのだけれど、自分の体にかかっていたのは、いつもの灰色外套だった。
ごわついてはいるが、着ているものは乾いている。
すぐ脇にベッカの丸いお腹が見えた。臙脂の表地を上に、外套がかけられている。その巨大な丘は、柔らかく上下していた。
「気がつきましたか」
優しい声が、のほほんと囁かれた。
肘をついて身を起こすと、火の入った炉の前、腰掛けに座り込んだ男が笑顔を向けている。賊のところで助けてくれた人、とすぐに知れた。
「ここは」
「釣り人用の森小屋ですよ。あたりの集落からは離れているし、他に人間は誰もいないから大丈夫」
「……」
「お兄さんも、大事ありませんから。安心して良いですよ」
「助けてくれて、ありがとうございました」
心から、ブランはそう言った。
男はうなづいた、ちりちり髪が輝く。はぜる炉の炎に加え、窓から光が、早朝の明るさがわずかに差し込んできている。
「私があそこに居合わせたのは、偶然だったのですけどね。間に合って本当に良かった、……お白湯を飲みますか?」
「あ、はい」
炉にかけられた古い鉄鍋に煮えていた湯を、男は欠けた椀に注いでくれる。
「あの村は、本当の村じゃなかった。ならず者が廃屋を店らしく取り繕って、奴隷に売れそうな旅人に目星をつけ、襲っていたようです。私はあの人たちと同郷なものだから、本当に人身売買の現場を押さえるまでは、説得しようと思って一緒にいたのですよ」
男の口から出てくるのは、きれいな話し方の正イリー語だった。
あたたかい湯をすすりながら、ブランは素早く男を観察する。
立派な体躯に妙な居ずまいの良さ。革鎧に麻衣、毛織物、幅のある股引に長靴、着ているものはぜんぶ黒色で見るからにくたびれている。なかみの男本人だけが、若かった。三十代前半くらいだろうか?
先ほど暗がりの中で顔を寄せられた時は、もっと年輩……彼の父ほどの年だと思ったのだけれど、気のせいかもしれない。
男は脇に置いていた外套をつかむと、かくし部分から小さなものを取り出して、ブランに手渡す。
「これを、あの物置床で拾いました。お兄さんに返してあげてください」
「あっ!」
煙水晶の飾り、ベッカの叙勲章である。
「うわあ、良かったぁ……」
思わず、安堵の声が高くなった。
「君のお兄さんは、ガーティンローの文官騎士なんでしょう?」
「あの、えーと……。ベッカさんは、兄ちゃんじゃないんです。俺は見習で、この人の護衛してます」
「えっ?」
『ほらー、やっぱり違ったじゃない。全然似てないもの』
ベッカのお腹に寄りかかり、革鞄の中身を検分していた、ブランの目に見えない女神が言ってよこした。
『すごい、すごすぎるわ。このかばん……。ぴっちりきっちりふたが閉まるから、水が中に入らなくって、だから川でも浮いてたのね。書類も無事で、にじんでいないし。すごーい。きっと、お高いんだわ……! 何の皮革でできているのか、知りたい……』
小さな手で鞄をこねくり回し、底の方を見ている。
『ぶたちゃん皮かしら? あっ、銘が入ってる。ん-と? 何と読むの、……るいび豚??』