表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/109

黒羽ちゃんと不滅のお供え騎士、参上

 

・ ・ ・ ・ ・



 首筋に手巾をあてて、ベッカは走っていた。そのすぐ後ろを、ブランが駆ける。


 時々雲間からさす月の光からみて……、恐らく夜半をずっとまわっているのだ。昼間に見た時と、村の風景は打って変わって、不気味に静まり返っている。


 ぽつぽつ散在する家に、誰かが住んでいる気配は全くなかった。黒くうずくまる小屋は、闇を湛えた窓が双眸に、ちょうど巨大なしゃれこうべみたいに見える。


 何度も転びそうになりながら、それでもベッカは森を目指した。


 来た時、道なりにあった森……。あそこへ逃げ込んで息をひそめれば、きっと追ってくるならず者たちをやり過ごせる!


 その森の端を視界にとらえた時、乾いた村道のずっと後方から、恐ろしげな犬の吠え声が聞こえてきた。


 ばふ、ばふ……おおおん! 


 ブランはいまだ眠り薬の残る、ふらつく頭をふり立てて、後ろを見る。



「くそっ、奴ら犬を引き出してきた!」



 二人は森へ飛び込んだ。


 次の瞬間、ベッカがぼざっと倒れ込んだ!



「うぬうッッ、なんて足場の悪い森だっ」



 いや、足場のよい森なんてあるわけがない。



「ベッカさん、こっちっ」



 夜目のきく少年は、手巾をあてていない方のベッカの腕をとって、進み出した。



――さっき助けてくれたおじさん、あと八人もいるって言ってたっけ? 犬で追われちゃ、すぐに捕まっちまうぞ!



 祖父に教えられた、生き延びるための様々な技法を思い起こしながら、ブランは進む。


 ベッカがどんどん息を荒げている、……傷の手当てを、ちゃんとしないと……!


 せせらぎの音が、少年の耳をかすめた。



「ベッカさん、川があるからそっち行きましょう。やつらをまける」



 果たして、そこには流れがあった。狭いところで川幅は二十数歩か。


 暗い中でこんなところを渡るのは、危なすぎる。しかし……。



「ベッカさん、泳げますか?」


「……浮けるよー……」


「そいじゃ、大丈夫だ。ぜったい、離れないで」



 ひゅうんッ! ぽとッ!


 すぐ脇の木立に、何かが当たる。


 ばふ、ばふッ! 犬の吠え声も、近づいてきた!


 迷っている暇はない。二人はざぶり、と流れに入る。



 そうして、ブランはすぐに後悔する。真ん中あたりに差し掛かったと思ったところで、……足が立たなくなってしまった! そう、ながい長ーい、少年のひょろ足が、である。流れは実は、相当に深い淵を含んでいたのだ。



「ベッカさん。大丈夫だから、浮いて! 俺は泳げるから、引っぱります」


「……」



 その浮かした体が重い、……いいや。重いのは、ブラン自身の身体だった!


 得意なはずの犬かきでばたつくけれど、ちっとも前に進めない。


 次第に二人は、下流へと流され始めた。


 ふと気づく、ベッカの腕からするりと力がぬけていく。もう片方の手で、顔の前に浮かべた何かにすがりつきながら……。



「ベッカさん! しっかりして、ベッカさんっっ」



 ぽしゃんッ、後ろの方でやたら大きく水が跳ねた。振り返る必要はない、矢あるいは石つぶて……。追手が喰らいついてきたのだ!


 恐らく川沿いに、二人を見て歩いている。力尽きてどこかの岸に引っかかるのを待っている。あるいは商品とすることをあきらめ、自分達を消してしまおうと決めたのか。



「ベッカさん。ベッカ、さぁぁん!」



 泣きの入った少年の声に、かえる言葉はない。けれどかろうじて水中で繋がっていた手、その大きな手が、かすかに力をこめて握り返された。


 つめたい水の中でも、そこだけはっきりとを感じ取れる。



――死なせちゃだめだっ。俺も、死んじゃだめッッ。



 ブランがぐうう、と歯を食いしばった、その瞬間のこと。



『ひょろぷよちゃーんっっ! 助けに来たわよーっっ』



 ずざざざざっ、


 いきなり水面から垂直に体が引き上げられる、ブランはぎょっとした。



「えっ、えええっ!?」



 思わず、ベッカの体にしがみついた。



『あらっ、お兄ちゃん気絶しちゃってる……、あぶないわッ』


「え、ええええ、うええ、何でぇええ!? 浮いてるーッッッ」



 彼を抱きこんでいる腕も、力強く羽ばたいている黒い巨大な翼も見えないブランには、ただひたすら自分とベッカが“宙に浮いている”としか感じられない。恐慌した。



「ぎゃああああああ」


『ひょろちゃんは大丈夫そうだけど……うん、怖いわよね、ごめんね…… ほあたッッ!』



 常人の目には見えない黒き翼、その先っちょ手羽先でみぞおちを突かれ、ブランはかたりと失神した。



『そ…それにしても……! 見かけによらず、ひょろちゃんの方が重いわっ。どういうことなの、鎖鎧で最重装備していた時の、ミルドレみたいじゃないの!? よいしょおーッッ』



 かの女はそのまま、水のしたたるぷよ・ひょろ両人を片腕一人ずつ提げて、ふわんと岸へ飛び戻った。



『ミルドレー! 二人とも生きてるわ、でもお兄ちゃんがけがしてるのッ』



 すたたた、素早く近寄ってきたちりちり髪の騎士は、かの女が地べたに下ろしたベッカの顔を見た。



「あらららら、いけませんね! こんなに深く傷ついているのに、水に入っちゃうとは……。このままでは危ない、黒羽ちゃん! 助けましょうッ」


『そうねッ』


「私の方は、全員終わりました。とどめはさしていませんから、どんどん“熱”を集めちゃってください!」


『ようし、向こうの方ねッ』



 うつろにさまよう意識の底。


 途切れとぎれに自我を捕まえては手放しながら、ベッカは自分たちが助かったらしいことを何となく感じていた。


 薄く開いた目が、細長く視界を切り取る。岩がごろごろしている川岸、その地面に月光がよぎる。


 ささやかな明かりに透かされ、どうも小柄な女性の影が、ふわりと浮き上がったようだった。両脇にばかでかいつばさみたいなものが、ふわふわ動いているような気がする……がどうでもいい。二枚羽の中心にある女性の身体の輪郭のほうが、瀕死のベッカにとってははるかに重要案件である。


 その、曲線を見よ……!



「……く……、くび……れ……!」



 がくり。


 ベッカは完全に、闇の中へとねむり落ちた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ