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ぷよひょろ、流入民問題を語る

 

・ ・ ・ ・ ・



 そこからさらに北、ブロール街道寄りに足をのばしたトッフォの集落でも、ほぼ同じことが起こった。


 女こども、男たち、皆一貫してベッカを拒む。


 話どころか挨拶のできる状態にすら持ち込めず、二人は仕方なしに切り株街道方面へと引き返し始める。


 途中、名前もわからないごく小さな村で休むことにした。ここはイリー人の共同体であるらしい。



「……最初に行ったソムラの村で、入り口にいたおじさんが言ったの、ちょっとわかったんですけど。“北から逃げてきた者がほとんどだ”って、あれはどういう意味なんですか?」



 ひなびた酒商で食事も出しているところ、そこそこ客の集まった店の隅の席になるべくちんまりと座って、ぷよ文官とひょろ護衛は昼食を待っていた。



「あれはね……、つまり一度、北部穀倉地帯へ行って、そこから逃げたって意味だね」


「?」


「要するに……。そこで奴隷になって、ひどい目に遭ったってことなんだ。この辺の動向は、知っているかい」



 イリー世界の東端、テルポシエのずっと北へ進んで行くと、アイレー大陸北東部に到達する。その一帯は、“北部穀倉地帯”と呼ばれていた。


 肥沃な土壌と、温暖な気候に恵まれた地。ここへイリー街道が通ったのが約二百年前、徐々にイリー都市国家群との食糧交易が活発化し、大規模な農作物生産が行われるようになった。


 ここに住んでいたのは、もともと南の半島部にいたのと同じ、東部ブリージ系の人びとであるが、外部に対して閉鎖的だった半島人とは全く逆に、イリー需要にあわせて開放進歩を遂げていった。


 イリー都市国家によく似た市政をしき、それが同盟としてまとまった形である。ただ王族貴族というのはいなくて、豪商や有力農家などが幅を利かしている。法規律や常識も異なっていた。人身売買が合法であるし、死罪のあるところも多い。



「……北部穀倉地帯は、慢性的に労働力を必要としている。イリー各国からの増え続ける需要に応えて、生産量を維持するためだ。けれど自分のところの民だけではとても間に合わない、だから奴隷はさかんに導入され続けている」



 ブランは唇をぐっとしめ噛み、しぶい顔でうなづいた。


 ややこしくって、しかも嫌な話である。修錬校の授業でも、地勢の時間などによく話される事項だった。



「だからね、エノやら何やらの賊に故郷を追われて行き場のなかった人たちは、その……。いいかも・・だったんだ。確かな数なんか誰もわかりゃしないけど、最低でも八万人、あるいは最多十二万人くらいの東部ブリージ系住民が、北部穀倉地帯で奴隷になったと言われている」


「多すぎ……」



 ガーティンロー市の住民は、ざっと六万人である。それ以上の数がごっそり奴隷になったと想像して、……ブランは再び渋面をこしらえた。



「どうして皆、言いなりになっちゃうんだろう……」


「奴隷になれと言われて、はいそうしますとなる人はいないよ。皆、色んな甘言にだまされて連れ込まれたんだ。良い移住先があるから村ごといらっしゃいと言われて、安堵して行った人たちだって多い。と言うか、自分たちが奴隷とみなされているのを全く自覚しないままに、農作物を作らされている場合が多いのかもしれないね」



 ずいぶん現実的な話をするんだな、とブランは思う。これらの例はベッカが今までに集めてきた、東部ブリージ系住民の話に基づくものだった。



「それに気づいて、逃げてきた人たちが、今日の集落の住民なんですか」


「と言うことだろうね。生半可な体験じゃなかったろう。何度もだまされて来たんだもの、疑い深くなるのは当然……おっ」


「お待たせしましたぁ」



 明るい声とともに、ことりことりと大きな皿が、二人の前に置かれる。



「本日のおすすめ、うさぎの香草煮!」


「どうもありがとう」



 ベッカは給仕の女に言って、手巾を膝の上に広げた。


 丸顔でにこっと笑って、給仕は去っていく。東部ブリージ系の若い女だった。



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