ぷよひょろ、疑問のディスカッション
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リメイーの町に着いた頃、二人の外套と髪とは、だいぶ雨を含んで濡れそぼってしまっていた。
ここも小さな宿場町ではあるが、宿は大きく設備も新しいのが整っているもようである。
地上階の客室には炉があって、さっそく火を入れてもらったそこの前に、二人は外套を広げる。ベッカは革の長靴も、逆さにして鉄柵にかけた。
かたたたた、借りものの木靴ばきで、ブランは得物の点検をする。矢筒と中弓、長剣……。
使っていないから減っていない、傷んでいない。当たり前だが。水気だけ、きっちり拭き取っておく。
「……そっち方面は、得意なの? ブラン君」
卓子の上、蜜蝋灯りで書きものをしていたベッカが、ふと手を休めてたずねた。
「はい。得意っていうか、使い方知ってます」
自信があるんだかないんだか、妙な言い方である。ルロワ侯は“腕っぷしが強い子”と言ってはいたが、本当のところはどうなのだろうか。幸いにも、ここまでその真偽を確かめる機会はなかった……。できればこのまま、知らずにガーティンローへ帰りたいものだね、とベッカは思う。
「あの、ベッカさん。今日もいっぱい、わかんないことがありました」
かたかた歩いてきて、ブランは卓子脇の腰掛に座った。
「なに? そもそもの僕も、わからないことがいっぱいあるから、調査しているわけだけど。わかる範囲で、教えるよ」
「ベッカさんの任務は、精霊使いについて、詳しく調べることなんですよね?」
「うん」
「それはイリー諸国の敵、エノ軍の今の首領が、精霊使いだから?」
「そう。実際対峙したときに、エノ首領がどういう戦力として来るんだかは、軍部の皆さん担当だから僕は触れないけど。文官としては、彼が持っている背景とかを深く知ることで、イリー諸国軍側に有利になると思ってるからね」
ブランはふんふんとうなづいた。ここまでは、ちゃんと納得できているらしい。
「……それで、もし仮にエノ首領メインみたいな精霊使いが、他にいるのなら。イリー側に味方してくださいって、頼むんですか?」
ガーネラ侯は、まさにそれを希望している。
「うん、あわよくば、ってやつね。……でも、東部ブリージ系の人たちの話を聞けば聞くほど、望みは薄いって気になってきたけど。メイン以外の精霊使いは、滅ぼされちゃったらしい」
ベッカは目線を、自分の手前の地図に落とす。
昨日・今日と、聞き込んだ話から推測したいくつかの村々の位置を、しるしで書きこんでいる。
海賊たちに略奪される前、平和な時代当時の東部大半島の主要集落。
「けど、ベッカさん。何か、いろいろ変なとこ、多くないですか? 今の首領のメインっていうのは、エノの実の子どもなわけでしょう。それじゃエノ自身も、精霊使いの集落出身だったってことなんでしょうか。それなのに、自分の生まれ育った村を自分で略奪して、他の人たちを皆殺しにしちゃったんでしょうか」
相変わらずの朴訥こども顔で、疑問を放ってくる。
「うん……。そこの所は、僕も引っかかっているんだ。本で読んだ話だと、精霊使いって言うのは、世襲制……血の繋がってる一族の中で、代々受け継がれてきた役職であり、能力らしいんだね。それにエノが精霊使いだったなら、もともと東部社会での地位は相当に高かったはずなんだ。そういう、……イリー世界に置き換えれば、王族とか騎士団長級に権威のある人が、自分の国をぶち壊すっていうのはありえないよね」
「……。じゃあ、メインのお母さんが精霊使いだったのかな?」
卓子の上に肘をついて、ブランは呟いた。
ベッカの目が、きらり・ぷよん、と輝く。
その可能性を、ベッカも重視するようになっていた。エノ自身の出自というのはよくわからないが、とにかく彼を中心とした“海賊集団”によって、精霊使いの集落は滅ぼされた。しかし、能力を受け継いでいた女性は殺されず、恐らくエノの所持品となった。そうして生まれたメインに、精霊使いの力が伝わった……。そんなところだろうか?
「エノの奥さん情報とかって、ないんですか?」
「全然ないね」
「もしその女の人が生きてたら、こっちに来るよう説得できないのかなあ」
「……無理だよ、ブラン君……。存命だとして、自分の息子と対決したいお母さんが、どこにいるっていうの」
「あー、そうかぁ」
この辺は、単純お子さま思考のブラン少年だった。
「本当のほんとに、他に生き残った人はいないのかなあ」
ある意味、それを確認するのが、今回の調査旅行の最終目的かもしれない。
「ベッカさん。東部ブリージ系の人たちから場所を聞いているんだし、直接精霊使いの集落あとまで行って、確かめることはしないんですか?」
直球で聞かれて、ぶはっとベッカは前のめりになる。ぷよん! 次いで全身が波打った!
「あのね、ブラン君! 言うのは簡単、でもそこへ行くには何があったか、憶えてなーいかなっっ」
「ここからですか? えーっと、オーランを越えて……テルポシエが……ああそうか、敵地があるんだった」
「その通りです! しかも東部大半島は、広ー大です! 東部独自の“緑の首環道”は廃れちゃって、そもそも馬が通るようにしつらえられた道じゃあないから、もうそれこそ山々谷々の中を、じりじり歩くしかないの! そういう苦行を耐えられるような、屈強な男性に見えますかッ!? この僕がッ」
「みえません!」
ひょろっと即答!
「でしょう! だからね、僕の仕事はあくまでイリー世界の中なの。今回の調査報告いかんで、本当に誰かが東部へ派遣されるようなことになったとしても、そういう特別任務の専門家が行くんだから。僕は、冒険探検のたぐいとは、かかわらないのです!」
ぷよよーん!
胸、およびお腹を大きく張って、ベッカは言い切った。
「他に、質問は!」
「えーと……。明日の予定、教えて下さい」
「また北上して、ソムラの集落へ行く。そこから先のトッフォまで、時間が許せば行きたいところだね」
首を伸ばして、ベッカが太い指で示す地図上の位置をのぞき込み、ブランはうなづいた。
ソムラとトッフォの村は、山間ブロール街道まぎわの小さな集落である。ファダンの騎士団副長が、特に危ないから用心するよう、何度も警告していたところだ。
――と言っても、今日のオレンゼ集落みたいな感じで、済んじゃうのかな。俺が本気出すとこなんて、ないんだろうな。
「……だから、明日の朝もあんまりゆっくりはしないよ。少し早いけど、そろそろ寝ようか」
ブランが胸中で発した、ゆるいつぶやきを聞いたかのように、ベッカがたしなめた。
「はい」
本日は、ちゃんと寝台ふたつの室である。
鎧戸を細かく叩き続ける雨音が、外界の物音を全て消し去って、ブランは深くねむった。




