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呪われし故郷を滅した蛮軍王(5・7・5!)

 

 ・ ・ ・ ・ ・



 メイムの村ほど時間を取らず、ベッカはオレンゼを後にした。



「男の人たちが帰ってくる前に、引き上げた方が賢明だと思ってね」



 いつもの調子、市職員的な正イリー語に戻って、ベッカは平らかにブランに話した。



「勝手に樹を切り出したり、けものをっているらしいんだけど。そういう違法行為で生きしのいでいる人たちから見たら、僕らは招かれざる客だからね。目をつけられたらたまらないよ」



 言いつつ、見かけの点においては、ルロワ侯はいい人選をした……と、ベッカは思っている。


 ブランの姿はひょろっぽく、見るからに子ども子どもしているから、武装をしていてもオレンゼの女たちを怖がらせなかった。


 普通の正規騎士が護衛をしていたら、とてもこうは行かなかっただろう。



「ベッカさん、潮野方言うまいんですね」


「あ、そう思う? やっぱり先生が良かったかな、キヤルカさんに感謝しなくっちゃ」


「おばさんたちの話、何か収穫ありましたか」


「なかったね。今日は空振りだ。と言うか、昨日サアナさんに聞いた話と、だいたい同じ話を聞けただけ。精霊使いの集落が滅んでしまった、と」



 ブランは黒馬の上、小首をかしげる。



「……後から、ひょこひょこ出てきたおじさんは?」


「あの人は……」



 ごめんよ、俺ちっと病気がつらいんだ。自らそう前置きしてから、話し始めた初老の男性がいたのである。



「東部の中でも、呪われた地域の出身なんだって。エノと近い・・、とも言っていた」


「……? 何ですか、それ」



 ごま小馬の手綱たづなを繰りつつ、前を向いたままベッカも小首をかしげた。



「僕にもあまり良くわからなかったんだけど。要約してまとめると……母親が子どもと、その父親を捨てる習慣のある集落が南の海沿いにあって、そこは東部ブリージ系の人びとの間でも忌み嫌われている、ということらしい。おばさん達が優しくなだめてくれていたけど、彼女たちは別の地域の出身だから、おじさんの言うことはよくわかっていないし、信じてもいない様子だった」



 市職員の眉根が、少しゆがんだ。



「……あのおじさんは、何かひどい経験をしたせいで、夢や作り事を本当のことと思い込んでしまっているのかもしれない」


「でも、エノに近い・・っていうのは……? 知り合いだったんでしょうか?」



 ブランは内心、ちょっと興奮してもいる。その名をつけた敵の蛮軍同様、エノの名前はいまやすべてのイリー人の知るところだ。自ら王を名乗って、難攻不落と言われたテルポシエを打ち破り、若きウルリヒ王と緑の騎士団を滅ぼした『エノ軍』の初代首領!


 すさまじい悪漢だったと伝えられるけれど、その戦役直後に死んでしまったらしい。現在、エノ軍の頭としてテルポシエを支配しているのはその息子、メインだ。こっちもくせのある首領らしい、何と言っても精霊使いなのだから……!


 故・エノは、イリーにとってにっくき敵方の祖ではあるけれど、同時に名の知れた人間でもある。そんなエノの親戚だなんて、どきどきする話ではないか……!



「うーん、違うと思うよ。その辺も誇大妄想かな……。有名人と知己のあるように思ってしまうのは」



 ベッカの返答は乾いていたけれど、ブランはそれでもと思う。



――もし。もし、そのおじさんが本当にエノと同じ場所の出身なのだとしたら……。エノは自分の生まれ育った東部ブリージ系の世界を、自分で荒らして、とうとう壊してしまった、と言うことになるんじゃないか!



 もくもくと胸のうちにわき出た疑問に、どう反応していいのかわからない少年。その横の低い位置、ごま小馬上のベッカの心中も、実は同じ問いにわだかまっている。


 読み込んだ書物の中で、昔の識者たちは頻繁に告げていた。東部社会を、我々イリー人の常識観念を通して見てはならない、と。


 しかし……。



――東部世界は、その中で生まれた海賊出自の蛮王によって、滅ぼされたと……?



 外部から来たものによって滅ぼされた国、征服された集合体の話は、古今東西いろいろなところで聞く。


 だがここでエノの出自を仮定し考えると、外側より何より先に故郷をつぶした彼は、どうにも自滅・・を望んでいたようにも見える。


 ……つっ、ぽつっ……。


 ささやかな水滴が、ベッカのなめらかな額や頬に、落ち始めた。



「少し急ごうか。ブラン君」



 切り株街道をさらに北へ。


 深緑色の森の上、低く雲が立ち込めてきているのが見えた。





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