ひょろ護衛、ぷよ文官の恋を見抜く
「じゃあ、手燭消すよー?」
夫婦用の寝台なのだが、ベッカがその中央に陣取って体を沈めると、単身用のに見える。遠近感がおかしい。
「真っ暗がだめだとかじゃ、ないだろうね」
「平気です。さっき寝台と長椅子と調べたけど、やばい虫いないから、あかり消しちゃって大丈夫です」
寝台脇の小卓、蜜蝋の灯りに息を吹きかけて、ベッカはやめる。
「やばい虫……? ああ、とこじらみのことだっけ。あかり消しちゃって大丈夫って、何それ?」
「あいつら明るいのが苦手だから、いるかもしれない所で寝る場合は、用心のためにろうそくつけといた方がいいんです」
長椅子の上、灰色外套にくるまって顔だけ出しているブランが答えた。でっかい蝶々のさなぎが、横になっているようである。
「……って、ゾフィ姉ちゃんが行ってました」
ベッカは息をのんだ。
「ティルムンで、ひどい目にあったって……。持ち物をほとんど処分して、下宿先を替えて、ようやく逃げ切ったって。俺にも気をつけろって言うんです」
「そうかー! あの賢いゾフィさんがー!! それなら僕も気をつけねばいかんね。うむ、そうしようッ。ではこの蜜蝋は、そのまんまにして! おやすみブラン君ッッ」
あからさまにぎくしゃくと、取って付けたような言い方に浮かれをにじませて早口で言うと、ベッカはころんッ・ぷよっ! と、毛布の中にまるくもぐり込んでしまった。
「……」
――いや、だから、消してくれていいんだけど……。
巨大な毛布の山をしばらく無言で見つめてから、ブランはそうーと低く聞いた。
「ベッカさんは、ゾフィ姉ちゃんが好いんですか?」
返事はない。
心身ともに疲れていたところへ、しあわせな記憶の降臨! もともと寝つきのよいベッカは、すでに夢の世界へ旅立っていた。
おお我らが黒羽の女神よ、いじらしきぷよ文官を守りたまへ! 汝がくびれもまた、げに神々しきにあらずや!
ふん、とブランは小さく鼻を鳴らした。
――まちがいない。このでぶっちょ文官は、ゾフィ姉ちゃんにほの字なんだ。他の人にはあんなにすらすら、落ち着いてしゃべっているくせに。昨日キノピーノの店では、ぎくしゃくしちゃってさ……? 今だって、話を振っただけでこの変わりよう。まるわかりだよ!
本人はいたって幼いブランだが、勘は鋭かった。子どもの察知力をあなどってはならない。
気に入っている女性と、会って数日の上司とが、並んだところを思い浮かべてみる。
縦に長細いゾフィと、横向き壮大なベッカ。ゾフィの方が、ずうっと背が高い。これを似合っていると言うのかどうか、少年にはわからなかった。
――今まで見たとこ、悪いやつじゃなさそうだ。けれど……。
≪……僕らの共同体で生きていく以上は、そこの規律にのっとってもらう必要がある……≫
今朝、そうぴしりと言った時の横顔は、ブランが身構えたほどに厳しかった。……まるまるしていたけど。
――どこか、くせのきいているくわせ者、という気もする。ぷよんと和み系だけど、油断しちゃならないぞ。いやな男なら、ゾフィ姉ちゃんから遠ざけなくっちゃ。気をつけて、見きわめてみよう。
ぼうっと朴訥な風であっても、ひとの裏を嗅ぎつけるのが上手なブランは、そういうすてきな上っ面のいやな大人を何人も見抜いて、知っている。特に修錬校の教官たち。
おだやかに上昇下降を繰り返す毛布のかたまり、すなわち安眠するベッカの腹式呼吸を目で追っているうち、彼にも眠気の波がかぶさってきた……。
その時。
すぐ近く、室の中に第三者の気配を感じる。
――ええっ?
ふっ、とブランは頭だけ上げた。素早く視線をまわしたが、自分とベッカ以外に、目に見える人間なんかいないのである。そこで少年は、鎧戸のかたく閉められた窓の方を見た。
――人間? 猫?
ここは地上階だ、どちらであってもおかしくはない。けれど、前者である場合は緊急事態だ。敵襲! 誰かが自分たちを、……ベッカを見張っている?
祖父のことを思いながら、ブランが右腕をのばして床上の長剣の鞘をつかみかけた時、
……気配はふうっと、流れていった。消えた、とも言おうか。
「……??」
それがあんまりなめらかだったから、ブランはためらう。
人間ではなかったのだろうか。
何か別のもの、……精霊だとか。
その場合、どうやって戦ったらいいのだろう? これまでの授業で教わったのは、たしか人間相手の対処法だけだった気がする。
いまや気配は完全に消えて、鎧戸の向こうは静まり返っていた。
――物陰で用足ししようとした、酔っ払いの人だったとか。そうだね、ここ地上階だし、路からそんなに離れてないもん……。
自分に言い聞かせて、鞘から手を離し、ブランは外套の中にもぐり込む。
目を閉じる。
じっ、とささやかな音をたてて、蜜蝋の火が最期を迎え、室の中をふわりと暗闇が支配した。
ごくわずかな光の筋が、鎧戸の隙間からひそやかに入りこんでいた。
白でなし黄色でなし、夜空でそうっと照っている、月のかすかな色。
皆様、今週もお付き合いいただき誠にありがとうございました。
次回更新はそちらの世界の4月29日、朝7時30分です。僕もこの時間に出勤するんですよ、店のゴミ出ししないといけないので。日本では休日という事なんですが、こちらガーティンローでは平日なんです。同様に5月3日も、通常通り更新ですよ。
それではみなさん、今日も一日気をつけていってらっしゃいませ!
(キノピーノ書店・手代、ゲール)




