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ブラン少年はひとり寝ができない

 

・ ・ ・ ・ ・



 その後も、メイムの村の東部ブリージ系住民たちに話を聞いてみたが、精霊使いに関してサアナ以上のことを知っている人はいなかった。


 ただ帰り際、一番の新参者だという三十代の若い父親が、野良仕事で黒ずんだ手で子どもを抱きながら言った。



「この後、他の滞在集落をまわるんだったら、本当に気をつけたほうがいい。メイムと違って、ファダンやイリー人に嫌な感情をもってる人達の方が、ずうっと多いから……」



 村長夫婦に見送られて、ベッカとブランはメイムの村を後にする。


 花月の陽はまだまだ高いけれど、ベッカは本日分の調査を終了することにした。



「ファダンまで戻るんですか?」


「いや、今日はトフタに泊まろう。大きな村だったし、駅馬業者も宿もあるだろうから。明日からは北上して、他の集落を調べよう」



 並んで馬を進めつつ、ブランはベッカにうなづいた。



・ ・ ・ ・ ・



 ベッカの予想通り、トフタの村厩舎は大きく設備も整っていた。そこの業者に貸借続行と、ごま小馬・黒馬の世話を頼む。


 広場近くの宿に入った。



「単身用のへやを、二つ……」



 受付台のおじさんに言いかけたベッカの腕が、横からぷよ・がしいっ、と掴まれた。



「ふぁっ!? 何? ブラン君!」


「なんでへや、別なんですか」


「は? 何でって……、当然でしょうが」


「ベッカさん。俺、護衛です。離れちゃまずいでしょう」


「え~~~、」



――いやッ、もう寝る時くらいは、君と離れたいんだけどなあ!?



 ブランは口数はさほど多くない。しかし、こんな風に他人にひっつかれているのにベッカは慣れていないし、第一あんまり快適でもない。疲れていた。



「二人用のへやってないんですか。おいくらですか?」



 子どもらしい率直さで、ブランはおじさんに向かい質問する。



「あー、あいにくと今日は、寝台二つの室がどれもふさがってましてね。大きな寝台一つのご夫婦・家族用のがひとつ残ってますが、……それじゃあちっとお狭いでしょう? お値段はまあ、こっちの方がお得にはなりますけど」


「そうですね! 狭いのは困りますねッ。なので、一人用の室をふたつ、――」



 安堵して、ベッカが頼みかける。が。



「でもそこ、長椅子おいてあるでしょう?」



 またしても、横からブランが割り込んだ。



「ベッカさん、俺、長椅子で十分ですから。そのへやとってください」


「……あのね、ブラン君? これ仕事なの、経費で落ちるんだから、宿泊のお代金とか、気にしなくって良いんだよ?」


「お願いします」



 こどもこどもした顔に、ずどーんと気合のをみなぎらせ、くわッと見開いた目で少年は言った。


 ベッカも困惑をみなぎらせ、ぷよーんと硬直した!



――な……何でぇっ!? ……まさか、一人で寝られないとか言うんじゃないだろうなぁッ!?



・ ・ ・ ・ ・



 ここだけの話、ブラン少年はひとり寝ができなかった。


 中の兄が奥さんをもらい近所の借家に住むようになってからは、猫と寝ている。


 伝手つてを使ってもらってきた、由緒正しく気高いねこ様だ。すべすべのうつくしい真っ白毛並み、お目々はぎーんとしたみどり色である。毎朝少年の頬っぺたを踏みつけて起こしてくれるから、それで朝寝坊と遅刻はしなくなった。


 だからと言って、ブランは甘えん坊なのだとか、怖がりなのでは決してない。


 ただ、自分の知覚の届く範囲内に、何か他の生きものの気配を置いておく・・・・・必要があるのだ。中の兄、ねこ、ベッカ、この際何でもいい。


 前に祖父にそのことを話したら、屋外ではそれは危険察知のために大切なのであって、そう感じることはちっとも変なのではない、と言われた。



 だから今、彼は安心して寝じたくをする。


 宿の食堂で夕食にたべた鶏がらだしの杣麦粥そまむぎがゆが、腹いっぱいにみち満ちて眠い。


 あくびを噛みながら、長椅子真ん中に座ったままその下に手をやって、床の上の長剣を確かめた。中弓と矢筒は、横の手すりにもたせかけてある。



「お先ー。ブラン君、お湯使いなよ」



 部屋の隅の手洗い場から、出てきたベッカが言った。


 大都市部の高級宿でなし、もちろん風呂なんてあるわけないのだが、身体を拭き洗ってさっぱりぷよぷよしている。



「寝巻は、流しの横の棚にあったからね」



 備え付けの筒っぽ寝巻が、ベッカのお腹の上でぱつぱつである。



「あ、俺、これで寝ます。何かあったら、すぐ動けるように」



 ベッカは目を丸くした。麻衣・毛織・革鎧に股引ももひきって、……そのまんま?



「それに夕食前、入り口わきの大手洗い行った時に、顔とかも拭いちゃったし」



 確かに、修錬校で騎士見習たちが学ぶ“野戦時の身支度作法”は、そんなもんである。有事の際は、少々見かけがばっちくなっても、騎士道精神はけがされぬ。


 勉強は苦手と言ってたくせに、変なところで教えに忠実なのだろうか。



「いや……何かあったらって、何も危ないこと起きないからね? 普通にしてて、いいんだよ?」


「……」


「せめて、歯は磨きなさいって」



 少年はだるそうに立ち上がると、手洗い場へ入っていった。




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