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老婆は語る、精霊使いと東部世界の滅亡

 

・ ・ ・ ・ ・



「あらまあ、精霊使いのお話だなんて……!」



 メイムの村は本当に、ファダンの村でしかなかった。


 行き交う人にずいぶん暗色の髪が多いという気はするが、家のつくりも石囲いもイリー式、村長さんもイリー人のおじさんである。


 過疎化の進んでいた所で、東部ブリージ系の奥さんを持つ村長さんに交代し、以降イリー人になる事を望む人たちがぽつぽつと現れて住むようになった。


 村人の過半数が第一世代のもと流入民と、東部ブリージ系の子ども達で占められている。もちろん、その全員がファダン市民籍を取得していた。


 ずうっと昔にうち捨てられたままだった、香草の畑を復活させて、そこで働いている人たちが多いという。


 村長さんの奥さんが淹れてくれたのも、そこでとれた美女桜ばーべなの香湯だった。



「わたし自身は、ほんの子どもの時に、きょうだい家族と一緒に逃げてきたので……、そういう昔の慣習や言い伝えは、知らないんです。でもサアナおばちゃんなら、きっと何か知ってますわよ」



 逃げてきた……という言葉だけで、自身の半生を語らなかったその奥さんは、しかし暗さを含まないあかるい調子でベッカに話した。


 がたり、と重い田舎家の扉がひらき、やせた老女と村長さんが居間に入ってくる。



福ある日をこんにちは。よう来なすったのね!」



 落ちくぼんだ眼窩の奥で、褐色の瞳がきらっと笑った。村一番の東部ブリージ系お年寄り、サアナさんと紹介される。


 ベッカが広い卓上にひろげた地図をじっと見て、サアナはまず、東部大半島の東側沿岸地域を示す。



「わたしは、この辺の生まれなんですけども。“緑の首環道くびわみち”を通って、内陸部の……このあたりの集落へ、お嫁に来ました。そこへ三十年くらい前から……、他の人たちが逃げ込んでくるようになりました。東の海沿いの地域から、どんどん、どんどん逃げて来るんです」



 やや聞き取りにくい、くぐもった潮野方言ではあるが、ゆっくり話す老女の言葉を、ベッカはじっと聞いている。


 海賊は海の盗賊なのであるからして、当初から略奪被害に遭い、そして最もひどく損害をこうむったのも沿岸地域であった。イリーの大敵・エノ軍の母体だって、元々は海賊らしいと言うのが一般的な見解である。



「南の海に面したところや、深奥部から逃げてきた人たちもいました。わたし達は集落を拡大しましたけど、だんだん皆、食べるのに困り始めたんです。しかも今度は、山賊みたいな奴らに襲われることも多くなったの。それで結局、西へ逃げることにしたんです」



 その後ファダンまで逃げのびたサアナの道のりを聞いた後、ベッカはたずねてみた。



「深奥部から来た人の中に、“精霊使い”や“声音こわねつかい”の集落の安否を知った人は、いませんでしたか?」



 サアナは、やせくぼんだ眼窩の奥の双眸を、さっと見開いた。



「……イリー人のあなたが、なぜ彼らのことを知っているの」


「書物の中で、調べました。僕はそれについての調査に来たのです」


「……。書物というのは、やはり恐ろしいものなのね」



 何かが、彼女の警戒心に触れたらしい。


 朗らかだった表情をこわばらせて、サアナは黙り込んでしまった。



「あの、サアナさん……」



 脇にいた村長さんが、心配そうに声をかけた。老女は、哀しそうにベッカを見る。



「なぜ、知りたいの? あなたはそれを知って、どうするの」



――来た。



 ベッカはあらかじめ、用意しておいた答えを口にする。



「彼らの知恵を、借りたいのです。国と、人々を守るために」


「……」


「僕の国は、現在のイリーの常識では、どうにも太刀打ちのできない問題に直面しています。誰も解き方を知らないその難題を、精霊使いや声音つかいなら、解決できるかもしれない。それに望みをかけているのです。だから彼らのことを、知りたい」



 いつも通りの、誠心誠意をこめた面持ちで、ベッカは言った。


 斜め後方に腰かけ、湯のみを持った両手を膝の上に置いたままのブランにも、その真面目な表情がしっかり見てとれる。


 幾ばくかの沈黙のあと、サアナはふうと、重い溜息をついた。



「そういうことなら、むだ骨折りでした」


「え?」


「あきらめた方が良いでしょう。……わたし達も、それであきらめたんです。深奥部にあった精霊使いの集落と、声音つかいの拠点は、どちらも海賊たちに滅ぼされてしまいました」


「……!」


「彼らは、わたし達ブリージの民の心の支えでした。いつか彼らがその力をふるい、賊どもをやっつけて、昔のような平和な時代を取り戻してくれると、皆どこかで信じていた。だから、彼らのもとへ助けを求めに行った人たちがいたのです」



 老女はそこでひと息、口をつぐんだ。何かを……悲しみを無理やり飲み込むような沈黙のあと、再び言葉を紡ぐ。



「……けど、その人たちは絶望して帰って来た。村はどちらも死んでいた、老人から赤ん坊から家畜から、……動かないしかばねだけが、焼け焦げた家々のあいまに横たわっていただけだった、と言って」



 老女は顔を伏せた。



「……その一報を聞いて、もう東部世界はおしまいなんだ、とわかりました。わたし達の集落は、ふるさとを後にして、西をめざすことにしたんです」




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