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ファダン騎士食堂・いかのやわらか煮

 

・ ・ ・ ・ ・



 大きな分かれ道を右へ。オーランへ、やがてテルポシエ方面へと続いている街道を外れて、二人はファダン市内への道を進む。


 右手に時折、林をすかして海が見える。


 村々、小さな町、人の住むまとまりを過ぎ越す間隔がどんどん狭くなっていく。驢馬ろば荷車や、徒歩の人も増えてくる。より安全なのである。



「ブラン君、きみファダンに行ったことは?」


「小さい頃に、親と何度か来たらしいけど、全然おぼえてません」


「そう。とりあえず今日は騎士団長にご挨拶して、領内調査の許可だけもらうことになっているんだ。君も仕事で来てるわけだし、観光とかはできないからね……、先に言っておくよ」



 ブランはうなづいて、また前後左右に視界を走らせる。


 ちらちら光る青い海の向こうに、どーんと長くのびているのがファダンの岬だろうか。その手前、こちゃこちゃっとした灰色の市街が、港を抱えてうずくまっている。船の帆先が、とげとげ宙に突き出ているのもうっすら見えて、二人はファダンへやって来た。



・ ・ ・ ・ ・



「本当に申し訳ございません。お便たよりをいただいてから、バーリも大変興味を持っていまして。あなたに会ってみたいと、再三申しておりましたのに……」



 港にほど近いファダンの城は、質実剛健を地でゆく造りである。


 やや黄みがかった石材が目立つ、分厚い壁を幾重かくぐってたどり着いた、騎士団本部の応接室。ベッカとブランは、ファダン騎士団の副長を前にしていた。


 そんなに年でもなかろうに、総白髪のいかついおじさんは、しかし日焼けした顔を明るくほころばせて、快活である。



「今朝早くに、領海侵犯の一報がありまして」



 騎士団長のバーリは、水軍とともに不審船舶の探索に向かい、留守なのであった。



「こちらこそ、急におとなうぶしつけを」


「いやいやいや、こういうのは好機というものがありますからな! こちらをどうぞ、お持ちください」



 卓上に広げられたうすい皮紙、ファダン領東半分の詳細地図である。右上の余白部分には、ベッカに調査を許可する旨の文が簡潔に添えられ、ぐりぐりっと豪快に太いバーリ侯の署名がついていた。



「一般には公表しておりませんが、我々が把握している東部ブリージ系流入民の滞在集落です」


「おおっ」



 思わずベッカは、感嘆の声をもらしてしまった。


 すぐ隣の腰掛に座ったブランの目に、文官の頬ぺたが、ぷよんと揺らぎ上がるのが見える。



「あわせて四つあるのですね! 人数までわかっているなんて」



――こりゃすごい! ガーティンローに居ては、ここまで詳しく知ることはできなかった。と言うかバーリ侯、部外者の僕に、こんな情報くれちゃっていいのですか?



「ええ、以前はもっとありまして、人口把握もなかなか難しかったのですが。ここ数年はだいぶ流入も減って、すたれてしまった集落が多いのです」



 ファダン市に一番近いところは、数十人が一挙に市民籍をとり、村として認められたという。



「このメイム村は、もうすでにファダンの共同体です。帰化した人ばかりですので、まず話も聞きやすいでしょう」



 残る三つは、いまだ流浪中にある人々の一停泊地、という位置づけらしい。


 天幕住まいの人がほとんど、しょっちゅう顔ぶれが変わる。治安状況はかなり良くない、夕方前には必ず退避するように、と副長は勧めた。



「それではまず、メイム村に行ってみます」



 丸めた地図を革鞄にしまいながら、ベッカは言った。



「どうぞ、お気をつけて。……精霊使い探索の件は、ガーネラ侯もかなり熱を入れて主張されていましたからな。あれからもう四年ですか、話を聞かないので進展がかんばしくないのかと、案じておりました」


「はい、……」



――え? 四年?



 小さく湧いた疑問は顔に出さず、副長とほぼ同時にベッカは腰を上げた。



「実り多き調査となることを、祈っております。貴侯に、黒羽の女神の加護のあらんことを」



・ ・ ・ ・ ・



「ファダン騎士団の副長は、感じの良い人だったねー!」


「いか、おいしかったです」



 会見がちょうどひる直前だったから、ファダンの副長はベッカとブランをそのまま、昼食に誘ってくれた。城内の騎士食堂である。


 はなだ色の外套を着たファダン騎士達のあいまに座って、あたたかい大皿に舌鼓を打った。


 香草を添えて柔らかく煮たいか・・、つやつやした身がうで・・麦にのっかっている!ブランはたまごも付けてもらい、さらにお代わりをした。


 この上まだ成長するのかい……。ベッカは少し戦慄する。ああ、たて方向じゃなく、横に伸びしろがあるのかも……?


 角卓の向こうで食べながら、ファダン騎士団の副長は脇目もふらずにいか煮に取り組んでいるブランを見て、ちょっと首を傾げていた。


 知っている人によく似ているような……しかし思い出せない、そんな感じである。誰に似てるのだか、思い起こすのをやがて諦め、彼はベッカに向かって雑談を振ってきた。……



 そうして、再びの道上。



「あ、標識だ。トフタの村の先だから……、右だね」



 ここまでは二人とも、ガーティンローからの同じ駅馬に乗っている。


 ごま柄小馬の鼻づらを、ゆるーくそちらに向けて、ベッカは進んでゆく。


 ……すこし雲が出てきた。やわらかい午後の光に照らされて、樹々の陰から藁ぶき屋根の石積み小屋のかたまる集落が、はにかんだように姿をあらわし始めた。






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