進路の見えない十五歳
「……」
“東部女性殺人事件”のいきさつを、ここまで大まかに話して、ベッカは改めて脇をゆくブランを見る。
いまや少年は眉毛を寄せて、前後左右と見渡しつつも、なにかに怒っているらしかった。
ややぷすっとした表情で、こちらを見返してくる。
「聞いて気持ちの良い話じゃあ、ないよね」
「はい……。それじゃあ、そのレグリさんて人は、すごく不幸なまんま生きてきて、たまたま行き当たった乱暴な奴に、運悪く殺されちゃった、ってことなんですか?」
「そうなるね」
「……そんなの、冗談じゃない。三十代って、姉ちゃんたちとおんなしくらいじゃないか」
ブランはレグリに、義姉の姿をかぶせて考えているのだ……、とベッカは思った。これで案外、家族思いのやさしい子なのかもしれない。
「不法滞在ってのはいけないけど……。べつに誰かを傷つけたりとか、悪いことしたんでなし。何で死ななきゃいけなかったんだろう? おまけに、いなくなっても誰にも探してもらえなかったなんて。……かわいそうに」
「君の言うとおり、流入民も僕らと同じ人間だ。粗末に命を取られたり、とったりしていい存在じゃない。けれど僕らの共同体で生きていく以上は、そこの規律にのっとってもらう必要がある」
ブランはじっと、ベッカの顔を見た。
「……キヤルカさんとルーハさんは、ベッカさんが手伝って市民籍をとったんですよね?」
「そう。……レグリさんにも、取得してもらえていたらと思うよ。外来市民なら、警備のかたいプロカブロ街の館で堂々と働けたし、ぴんはね搾取されることもなかった。ルーハちゃんのように、働きながら学校へ通い直すことだってできたんだ」
「え、勉強してるんですか? あの子?」
「……あの子、って言ったね。彼女、君より年上だよ」
「ええーっっ」
ここは素で驚くブランである。
「まあ、ちょっと童顔ではあるけど。あんなに細いけど、丈夫で力仕事が苦にならないから、揉み療治師になろうとしてるんだよ。頼もしいね」
働きながら、勉強……。娼館で働くって何するんだろう、全然わからないからブランはとりあえず、あの小柄で子どもっぽいルーハが、大量の汚れた皿を洗いまくっている姿を想像した。もう一つ、机の前に筆記布を広げて、むつかしい教師の言葉を書き取っている場面も。
――働いて、勉強して……。
そのどっちもしていない自分。ブランは勉強だけしていれば、働かなくても許される。……ガーティンローの市民の家、騎士のうちに生まれたから。
ルーハはそうではないから、……別の土地に生まれてそこを追われたから、働くのと勉強するのを同時にこなさなければいけない……。
この差って、いったい何なのだろう?
ブランの頭はこんぐらかってくる。考えるのをやめたい……、また広く視野をとった。
空はいよいよ、青く澄み渡っている。白っぽく伸びる街道は、段々つらつらと連なるゆるやかな緑の勾配に織り込まれて、また先へ先へとのびている。
左方に小さな集落があるらしい、その先の右には、こんもり林が濃くなって――。
こんなに、見通しのよい眺めの中にいるのに。
ブランには自分のゆく先が、全く見えなかった。