“東部女性殺人事件”の顛末
鳶色がかった金の巻き毛を、ふかふかっと風になびかせながら、ベッカは続けた。
「……状況から、その女性は市内で絞殺され首だけが持ち去られた、巡回騎士達はそう推測した。けれど周辺聞き込みでも不審な人物の目撃談はなかったし、下手人が市外で頭を焼いてそのまま外部へ逃亡したのだとしたら、もうお手上げだろうと皆思ったんだ」
「けどベッカさんには、わかった……。何でわかったんですか、東部の人だって」
「偶然なんだ。本当にたまたまなんだけど、縛った靴紐に一本、ながーい暗色の髪が巻き込まれていたのが見えてね。安置所の寝台にねかせたまま、靴を脱がしてもらった。案の定、靴底から同じ質の髪が出てきた。引っ張り出して裏返した、夜衣のかくしからも、もう一本。他人の髪の毛がここまで体にからまるのは不自然だし、本人のものとふんだ。少しだけゆるく波がかった暗色の髪は、とくに東部ブリージ系に多い」
しかし、大変だったのはそれからだ。
いなくなっても身寄りの者が届け出られない女性……つまりは後ろめたい状況が背後にある。
身寄りがそもそもいないのかもしれない。独りで流入してきた東部ブリージ系の女性を、かくまうという名目で搾取している場所が一番あやしい、とベッカは考えた。低価格帯の娼館である。
巡回騎士達が押し寄せて調べても、首尾は上がらなかった。違法のまま、籍を作らせず働かせている女たちを地下室に閉じ込めて、楼主どもはイリー系の娼婦のみを並べる。うちには、暗色髪の東部出身おねえさんはいませんやな。
その少しばかり後、いかにも文官のベッカが訪ねてゆくのである。
「全くの非公式なんですけれども、無料の滞在資格相談をしておりましてー。匿名でできるんです、ご案内だけできませんかー?」
みるからに無害平和な顔のふくよか市職員に低いところから言われて、まぁいっか、と楼主たちは油断した。
そうして何軒もしらみつぶしに回った後。
ようやく出会えたのが、キヤルカとルーハだった。
監視役の女衒が注意をそらした隙、お友達や知り合いに、急にいなくなってしまった人はいませんかと小声で聞いた。
瞬間、彼女らの瞳が不安に満ちて、ベッカは確信したのである。
巡回騎士をまじえての取り調べ、楼主はしぶしぶ白状した。
レグリという三十代の東部女を使っていたこと。なじみのない、いちげん客のところへやって、そのまま帰って来ないから、さては男と示し合わせて逃亡したのだと思っていたこと。
「そんなわけがないのよ、あの子はずうっと一人ぼっちだったんだもの。子どもの頃に故郷を海賊につぶされて、北部へ奴隷に売られて、そこからほうほうの体で逃げて来たのよ? 生き別れた同郷人を、探すために……」
キヤルカの悲痛に満ちた訴えを聞いたベッカは、“レグリ”が目的を持ってこのガーティンローの娼宿にいたのではないか、と推測した。
身寄りのない女ひとり、田舎や森間にひそみ暮らしていても、欲しい情報はめぐって来ないからだ。人の行き来の多い大都市ならばと、藁にすがる思いだったのかもしれない。
――それにしても、レグリさんが不法滞在の危険を冒したのは、致命的だった。
楼主が明かしたレグリの最後の客は、その特徴から間を置かず捕縛された。ガーティンロー市に多く出入りしている、近郊の町の与太者である。
確たる証拠はなかったから、巡回騎士達はそいつを下手人と言うより、重要参考人として市牢へ入れた。しかし男は蒼ざめた顔でうつむき、呟き続けた。それを、同行していたベッカも聞き取った。
「俺だけど。俺だけど、俺だったんだけど……、けど、違うんだぁ。……あんちくしょう」
翌朝、牢の窓枠に革帯を通してつるし、男は自死していた。
裁判の手間が省けて、事件は解決とみなされたのである。