甘味おデート、レディ達をエスコート
・ ・ ・ ・ ・
ブランが息をとめて見回した室内は、……どうってことない普通の家のようである。
張り替えて間のないらしい板敷の床にしっくい壁、どこもかしこも白っぽい玄関広間、小卓の上に大きな百合が活けてあった。
それでも、そこに香る得体の知れない邪気は、少年にも感じ取れた。嗅いだことのない妙なにおい、あきらかに百合の花とは異なるものの芳気にからめ捕られた気がして、ブランの心は臨戦態勢をとる。
少し前にいるベッカは、筋ばった顔つきの中年男に、何か早口で囁いている。
ありきたりなお店者に見えるその男は、すっと素早くブランに目をやり、口角を上げてうなづくと、くるりときびすを返した。
その男が吸い込まれて行った、長い廊下の先のうす暗がりから、入れ替わりに出てきたものがある。
「ベッカさん! ああ、来てくれたのね」
ぞろりとした亜麻の長衣に、うす紫色の部屋がけを引っかけた、としまの女である。
こちらもすじばった顔であるが、まわりにかぶさる暗色のふわふわ髪と嬉しそうな表情が、やさしくとっつきやすい雰囲気をつくっていた。
「お久しぶりです、キヤルカさん。これをあなたに!」
「まあ……!」
のぼり藤の花束をゆたかな胸に抱きしめて、さらに満面の笑顔になった女は、かがみこんでベッカの頬にぶちゅうと音をたてて口づけた。
「ありがとう!! なんて、きれいなものを」
「ベッカさぁあーん! 来たのぉー!?」
たたたたっ!
やはり廊下の奥から、軽やかな足音が響いて、今度はずいぶん若い女の子が走り寄ってきた。
黄色い筒っぽ短衣に黒い股引、ひっつめたまっすぐな暗色の髪が、馬のしっぽみたいにわさわさ揺れている。
「いらっしゃぁああい」
ぷよーん! 女の子はさも嬉しそうに、両腕をいっぱいに広げ、ベッカのお腹に抱きついた。
「やあ、元気そうだね!」
そう言って女の子の頭をさらさらなでている、ベッカの手のひらが巨大である。
ブランの位置からは、文官が一体どんな表情をしているのかは見えなかった。
しかし、その少女がふうっと自分のほうを見る。
「あれっ? このひとは?」
十三・四だろうか。あどけない顔にそぐわない、黒ぐろと盛ったまつげをしばたたかせ、その子はベッカに問う。痛ましいようなけばけばしさである。
「こちらはね、騎士見習のブラン君。僕について、実習しているんだ」
ふり返るベッカは、平然としている。
「そうなのー! こんにちは」
ブランは慌てて、女たちにむけ頭を下げた。
「さあ、ルーハちゃんも来たし。甘いものでも食べに行きませんか、キヤルカさん?」
「きゃああ、やったあ」
違和感と虚ろさのまじる白い玄関広間に、少女の素の声がころんと響いた。
・ ・ ・ ・ ・
依然として、ブランは何にも言うことができなかった。
としまと女の子のふたりを連れて、ベッカは館を出る。……先ほど花束を買った界隈までやってきて、大きな乾物商の中へ入る。ここは広い店の一画で、飲食ができるようになっていた。
時間帯のせいか年輩の女性客だらけ、ぺちゃぺちゃさえずられるおしゃべりの中に、香辛料の良い匂いが漂っている。
窓際、奥まったところへ目ざとく広い席を見つけて、そつなく占領するベッカ。
「えーと、まずは……、はっか湯を四つください。キヤルカさん、ルーハちゃん、今日は何にする?」
「あたしね、あたし! このまえ食べさしてもらったやつが、いいなあ……! 栗と泡乳の完璧盛り……」
若い笑顔を、はち切れそうなくらいにまん丸にして言うルーハに、店のおじさんが言う。
「今日は、苺の完璧盛りができるよ。うまいよう」
「えーっ? うーん! どうしよう、じゃあ……そっち!」
「僕もそれで、お願いしますッ」
文官の顔も、わりとぷよぷよはち切れそうである。
「わたしは、栗がいいわー……渋皮つきのほうね。おやっさん、泡乳なしの蜜がけで、お願いできるかえ?」
キヤルカも、にこにこして言っている。
「あいよー」
きら、きらららッ!
突如、としま・女の子・ベッカ・店のおじさんと、八ツの目線がブランに集中した。
「ブラン君は、何にするー?」
「え、あの……」
「あっ、もしかして、甘いの苦手だったかい?」
ぶんぶんぶぶん! 少年は、はげしく首を横に振る。
「好きなの、頼んでいいよ!」
「ここのおじちゃんの甘味完璧盛りはね、ぜーんぶ! 美味しいのよ!」
女の子が、自信満々のどや顔で言う。おじさんのいかついひげ面が、ぐひっと笑った。
「あのッッ、じゃ、さっきお嬢さんが、はじめに言ってたのを……」
「栗と泡乳の完璧盛りね、蜜もかけたら究極だよ」
「はいッッ」