【完】ヘビローグ
・ ・ ・ ・ ・
イリー暦200年以降。
……“空虚”が終了したのちのことである。
「あれー、ベッカさんは……?」
ガーティンロー市庁舎総務課、大部屋に入りかけた一人の市職員が、扉の近くできょろきょろしながら声をあげた。
板仕切りの後ろの机から、ひょいと顔を出した文官騎士、中年の課長が応える。
「今日は午後休みだよ。ほれ、お嬢ちゃんの誕生日会ってんで、だいぶ前から有給とってあったから」
「あ~、そうかあ! 困りました、フリガン侯と話したいって奥さんが、相談口に来てるんですよ」
「切羽詰まった感じかい?」
「いえ、全然」
「仕方ないね。ほんじゃ私が行って、権威を漂わせつつ謝ってこよう」
「お願いしまーす、課長ー」
中年課長は、市庁舎窓口の一番端っこにある、相談専用の小部屋に裏戸から入る。
今日は板仕切りが立っていない。台の向こうにいる、ちんまりした女の姿が見えた。
「申し訳ございません、奥様。フリガンは本日外しておりまして、私でよければお話を伺いますが」
「あら、残念」
深くかぶっていた青い外套の頭巾をするりと後ろに落として、女は何でもないように言った。
「ごめんなさい。あたしが話したかったのは、ガーティンローのベッカ・ナ・フリガン侯なのよ……」
中年課長は、何だかけむに巻かれたような気がした。金髪とも赫毛ともつかない、不思議な色のつやっつやさら髪、……その中心にあるのは蒼い瞳が大きい、しわの寄ったとしまの顔である。
「それじゃあ、折をみてまた来るわ。あなたにこそ、お手数かけてしまったわね」
苦笑して立ち上がる、……立っても実に小さい、子どもみたいな大きさのとしまである。課長もそろりと立ち上がった。
「フリガンに、何か伝言いたしましょうか? お名前など……」
「そうね……」
女は笑いじわを寄せて、きらきらっと微笑んだ。
「島の話をしに、美魔女アランが来ていたと。そう、お伝えくださいな」
【完】
皆さんこんにちは、門戸です。
本作「ぼんぼん文官騎士ベッカの東方紀行~プチぷよ優秀な市職員ですが、何か?」をお読みいただき、誠にありがとうございました。よろしければページ下部から☆評価を、お時間あります時にご感想などをいただければ幸いです。
ベッカ君とブラン君の冒険譚は、これでおしまいです。彼らがその後どんな道をたどったのかは、代表作「海の挽歌」本編にいくらか表記がありますので、興味を持たれた方はぜひそちらもご覧ください。…は、長すぎてめんどい?ごもっともでございます(笑)そんな時間のない現代人のあなたに、そっと教えるショートカット。「冷えひえカヘル若侯の怜悧な推理」の章、193話~と、最終章「東の丘の最終決戦」246話あたりです。ついでに240話もどうぞ。確認して安心したあとに、最初に戻って読んでいただけると嬉しいです(笑)
・・・
ここからは完全に自作語りのあとがきです。
もうずいぶん前になるのですが、悩んで悩んでどん底にいた時期がありました。自分の努力でどうなるものでもなく、本当に八方ふさがり。家族に話しても、全く解決できないたぐいの問題を抱えていたのです。そういう暗い顔をして別件で役場にいたところ、「どうしたんです、よかったら話を聞きましょうか?」と言って下さった職員の方がいました。
他人に相談することに罪悪感を感じていたので、本当に話しにくかったのですが、その人はひたすら私の状況を聞いてくれました。その方面問題を専門にしてる相談員もいるから、と別の方にもつないでくれて、ひたすら「話を聞き、応援してくれた」のです。
この人達に話したことで状況が変わるかというとそうではなく、依然として問題は問題のまま、解決までにその後何年もかかりはしたのですが、…
「自分のために、時間を割いて話を真剣に聞いてくれる人がいた」
この事実に、門戸は本当に救われました。家族でなし、友人でなし、お金を払っているわけでもないのに、ほぼ通りがかりのような私を助けてくれる人がいたのです。彼らをヒーローと呼ばず何と呼びましょう?…市職員??
今作品の主人公ベッカ君には、そういう「私にとってのヒーロー」像を投影しました。今現在、楽しく物語づくりに取り組めているのも、あの時の皆さんの力添えがあったからだと思っています。
全国の市・町・村職員のみなさん。いつも本当に、ありがとうございます!
そして最後に、作品に触れて下さった全ての皆様に心からの感謝を。
発表の場を提供して下さる「小説家になろう」にも感謝を。二十周年、おめでとうございました!
本当に、ありがとうございました。次回作もがんばります。
門戸