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ひかりんぼ、ポーム侯にくらがえする

 

 偽声音こわねつかいをかたっていた大男と、その取り巻きという東部系の男たちはのびたまま、ぐるぐる縄に巻かれて拘束された。


 ポーム侯とオーリンは、徳用菊いも袋でも扱うような手さばきで男たちの襟首をつかみ、大きな天幕の中へどさどさ放り込んでいる。



「まあ、北部あたりのちんぴらでしょうなあ。色々な所から、命からがら逃げてきた人たちに声をかけて、つぎはぎの村を作らせたのです。精霊使いやら何やらの話をどこぞから聞いて、彼らを服従させる良いねた・・と思い、利用したに違いありませんな。はっはー」



 集められていた人々は、ベッカとあざらし達の周囲に浮く光る球体に怯えきっていたが、しだいに近くににじり寄ってきた。



「……すみません。お花と、甘いものはないでしょうか?」



 彼らに向かって、ベッカは潮野方言で聞いてみた。



「こちら、精霊とあざらしの皆さんが、僕らを助けてくれたのです。お礼をあげたいので……」


「……精霊は、たましい食べるんじゃ、ないの……?」



 疲れた顔の母親が、子ども達に寄りつかれながらたずねる。



「いいえ。皆さんの“ご近所さん”は、お花と甘いもののほうがお好みなんです」



 やせ細ったじいさんが、どこかの天幕からぶどうづるの籠を持ちだしてきた。



「けさ、採ってきたやつだよ。もう上の人たちに、お供えする必要もないのだし。どうぞ」



 両手いっぱいにすくい取った緑色の丸すぐりを、ベッカは赤い光の球体に向かって差し出した。


 ふわ、ふわふわふわぁ!!


 無数の光の球体が、一斉にそこに集まった。


 ベッカの濃い臙脂えんじの外套が、それでますますあかく照らされて、ふんわりとそよぐ。


 ぴかぴか照らされてふふふと笑うベッカの大きな顔、それを見てブランは今度こそ、心の底から安堵した。安堵して、それで自分でもひょいと籠から摘まんで、丸すぐりを口にした。


 ……近くにいた男たちも女たちも子ども達も、皆で手をのばして口にし出した。


 掘立小屋の後ろから、白い花の束を抱えてきたおばさんも言う。



「かみつれがあるんだけど、これでいいかねぇ」



 べちべちべちべち、あざらし達が群がってゆく。



『ぎゃー、うまー』


『激甘やねんな、たまらんで』


『逆境に強くなるのよ……ふふ……』


『にょうん』



・ ・ ・ ・ ・



 フュージ・ナ・ポーム侯は、もう少しこの地にとどまると言う。大きな手で、村の東側を指した。



「あの辺りにですねー、先住民の残した芋類と香草の畑跡があるのですよ。ずいぶんと野性化していますが、いくつか識別して標本をとりたいのです! 村の皆さんに、効率的なそま麦の栽培方法も教えたいですしな! めざせ自給自足、です」


「ありがと、フュージさん」


「俺たちずうっと北部にいたから、こっちの野菜のこと、あんまり知らんしなあ」



 農侯はどうも奉仕中、すでに村人の心を掌握していたらしい。


 村の男たちと難なく話をつけ、偽の声音こわねつかいと取り巻きの奴らは、このまま少し拘束して頭を冷やさせてから追い出す、と言った。



「古井戸に落ちてる方も、生きているならじきに引き上げてやりましょう。あれだけ痛めつけて、さらに信用も失くしているのだし、これで抵抗してくるのなら本物のおばかですなー。問題だけは、自給自足しちゃいけません、はっはー」



 童顔をきらーんと輝かし、朗らかに語る農騎士にベッカはたずねてみる。



「あの、ポーム侯。もしや侯は、東部にはしょっちゅういらっしゃるのですか?」


「ええ、それはもう!」


「来てるよ。北部穀倉地帯にも行くし、テルポシエを通ったり、キヴァン領へ行くこともある」



 目つきの悪いオーリンが言った。ぱっと見が悪役まなざしではあるが、なかみはいたって普通のおじさんのようである。慣れればさほど怖くない。



「テルポシエに、キヴァン!」



 思わず声に出して、ブランは驚いた。何て勇敢なおじさん達なのだろう?



「でも、テルポシエは敵地だし……! それにキヴァンの国なんて、ことば通じないのに大丈夫なんですか? 怖くないんですか」


「うん、そりゃあ怖いよ! けれどほら、我々って騎士とか傭兵には見えないでしょう? ただの農家おじさんとして行くし、実際そうなんだから、危ないことって滅多にないのだよ」


「……」



 本当だ。家畜鞭と四本歯熊手で一応武装はしているけれど、二人は農家のていである。……それにしても、今回は捕まって奴隷になってと、結構危険だったのではとブランはいぶかしむ。これも二人には、どうってことない程度なのだろうか……。屈強すぎる。



「それにね、国や言葉が違っていたって、皆たべて生きるってことは同じだもの。自分のところで誇りを持って育てているもののことは、たいてい喜んで教えてもらえるんだ。マグ・イーレの……いいや、イリー世界の自給率を上げたいという私の希望も、理解してくれる。だから私は、どこへでも行くんだよ」



 ふわり……。


 ベッカの周囲に浮いていた、臙脂えんじ色の光の球体が、ポーム侯に近寄った。



「おやおやっ! 何なのかなっ?」


「……ああ、もしかして。ポーム侯について行きたくなったのかい」



 ベッカの言葉に、球体たちは縦にぽよぽよ揺れた。


 テルポシエと聞いて、ひかりんぼは興味を持ったのだろう。



――友達を、ヴァンカさんを。探しに行きたいんだね……。



「優しいですよ、暗い所を照らしてくれますし。東部を出て行った人間のお友達を、探しているみたいなので……。途中まで、連れて行っていただけませんか?」


「え~、目立つなぁ……」



 オーリンがぼやいた。


 その時、赤い球体たちはしゅるっと姿を消した……いいや、ひとつきりに戻ったのだ。


 最後にふわり・ぽよん、と臙脂えんじ色にあたたかく輝くと、球体は鏡のような表面にもどる。



「なんだ、すっきりにもできるのだねえ!」



 感心するポーム侯の、日焼けした金のひげ近くに浮いている。



「時々甘いものをあげると、喜んで助けてくれますから」


「ほー! りんご、好きかね?」



 球体は一回転、ぽうむとまわって同意したようだった。




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