市職員VSにせ精霊使い! うなれ文官の騎士道
「お、お婆ちゃまぁっっ!?」
ベッカはかけより、地べたにあおむけ転がった、老あざらしの前脚をぷよっと握った!
『きゃーッッ』
『ぁ痛あーッッ』
はっと顔を上げ、悲痛な叫び声の方を見れば、ずっと後方から男たちが小弓で矢を射始めているではないか。
あざらしたちの体に小さな矢羽根が突き立っている、皆痛そうに身体をよじっている。
「じょ……女性とお年寄り相手に飛び道具って! 何という真似をー!!」
ぷよ、ぐおぉおおおお!!
心底ぶち切れかけたベッカの襟元から、するするぅっと光の球体が出てきた。それはだいだい色、……いいや臙脂色に、あたたかく輝く。
「そのまま続けるのだーッッ」
ナノカの一撃でふっ飛ばされ、だいぶ後方へやられたにせ精霊使いが、周囲で小弓を構える男たちに叫ぶ。
「狩り用の毒矢を持っているものは、それも使ってしまえ!」
ぎいんぎいん、ナノカとルルナをかばって、長剣で飛んでくる矢を弾きつつ、ブランはそれを聞いて瞬時背筋が寒くなる。
「やって、しまえぇぇぇッッ」
「やめなさああーいッッッ」
にせ精霊使いの叫びに、ベッカの市職員命令がかぶった、その時!
ぴかぁっ、と球体の精霊が空高く輝いた。
一瞬大きく膨らんだように見えたそれは、無数の光るつぶつぶに分裂し、ぶーんッ!
あざらしとベッカたちに向かって飛来してくる矢に、ぶつかってゆく。
ばちん、ばしん、ぶうんッ。ばちばちばちッッ。
「……! ぴかぴか、お前!?」
ブランはたまげて、呟いた。今彼らは、無数の光の粒々がうようよと浮きながらつくる丸天井、臙脂色の穹窿の中に、守られているのである!
「……」
「……」
男たちは愕然とした。どさり……。一人が小弓を取り落とす。
「精霊に守られてる。あいつら」
「あのでぶ、……もしかして精霊使いなのか?」
彼らの動揺を見てとった偽の精霊使いは、ずいっと前に進み出た。
「囲い込んで捕まえるとは、よくやったぞ、お前たち! さあ、そいつらのたましいを喰ってしまえッ」
あたかも自分の命令によって精霊が動いたように、状況を操作するつもりなのだ。
「……」
やわらかこめかみに、めったに立てない青筋をたてて、ベッカは男の前にぷよぷよ歩いて行った。
偽者の瞳には恐怖がみえる、しかしそれを巧みに隠しているのは、顕示と支配の強欲ふたつ。公正なる市職員態度を全身に発動させつつ、ベッカは言った。
「投降して、皆に武器を離させなさいッ」
どさどさ、どさっ!
その一声で、周囲の男たちは手にしていた小弓や棍棒を取り落とす。にせ精霊使いの命令を待つまでもなかった。
「愚かにして、小柄なるでぶ外人! 我らが地でこのような冒涜、精霊たちがただで済ますと思うのか」
「精霊を冒涜しているのは、あなたですッ。いけにえなんて見当違いのお供えで、もともとこちらにお住いの皆さんが喜ぶわけがないッ。ただの迷惑行為なんですよッ」
ベッカの毅然たるぷよぷよ顔の後ろ、うようよ浮いてる光の粒が上下に揺れる。そうだそうだ。
「精霊使いをも、冒涜するかッ」
言いつつ偽の精霊使いは、さっと腰に手をやった。引き手にきらめく、刃が!!
「!」
ベッカの背後に迫っていたブランが、間に入りかけたその瞬間、
がっっっつーん!!
かたいものが、やわらかいものに激突した音が響いた。
「ぎゃあああッ」
にせ精霊使いの手がはね上げられて、小刀が宙をとぶ。
『にょおおおおおおん』
いきり立って向かって来たあざらし女たちの誰よりも速く、バーべお婆ちゃんがベッカの前に滑り込んだ。
『バーべの、焼きめぇえええええッッ』
そして半回転、ぶぁっっっしーんっっっ!
強烈なる下半身・後脚の回し打ち!
「ぐわぁああああ」
にせ精霊使いは、弧を描いてベッカの上空を飛んでゆく。墜落しかけた所は、あざらし女たちが組んだ円陣中心!
『おらぁああああああッッッ』
ナノカ、ウイスカ、ルルナ、ハムア四頭の一斉頭突きを下から喰らって、にせ精霊使いはもう一度高く高く弾んだ。
ひゅうううううう…… すぽッ。
最後の着地点は、木蓋が開けっ放しになっていた、例の古井戸である。
妙に静かに落ち込んで、それっきりであった。
「うわーっ! た、た、大変だ! ルヒロ様に言わなけりゃ……!」
数人の男たちが、慌てた様子で集落の方へと走ってゆく。
他の者たちは、呆けたように口を開け両手をだらりと下げて、恐ろしげに光の粒々を見ている。
ブランとベッカは、顔を見合わせた。
「けが、ないかい」
「ありません。ベッカさんも?」
「ないよ。……これ」
じゃらっと持ち上げたベッカの右手に、絹の靴下が下がっていた。二重にした中に、何か重いものが入っているらしい。
「君の置いてったおこづかい……。渡そうと思って、回収したんだけどね」
「あっ……ああ! これであいつの小刀、ぶっ飛ばしたんですか!」
「うん。お金が実戦に役立ったところ、初めて見たよ」