VSにせ精霊使い、あざらし大乱戦
「いけない、むこうは武装している!」
ベッカは、さっと顔をこわばらせた。
どんどん間を狭めて来る男たちの列の後ろに、あの背の高い緑の男が、長い髪をばらばらなびかせながら歩いて来るのが見える。
「よそ者どもッ。お前たち、仲間がいたのだな!」
偽の精霊使いが怒鳴った。
「どうやってこの地に入ってきた! 精霊と、それを使役する精霊使いの私が守る、この聖なる地に! なにが目的なのだッ」
「……お前こそ。いったい何を考えているのか、言うてみいや」
派手なひょう柄のおきものを着ているルルナおばちゃん人間版が、するどい声で返した!
と言うか、あざらしって海の豹で海豹なのである!
「精霊使いの名を語って、生き残った者たちをたぶらかしてるのんと、ちがうかッ」
「……? なんだ、あざらしなんぞおらん……女ばかりではないか。捕らえよ、使役につかおう。でぶと小僧は、もう一度磯牢に落とせ」
だいぶ近づいたところで、にせ精霊使いは足を止め、周囲の男たちに命令する。
「し、しかし長さま、ミヒャー様。さっき本当に、小僧はあざらしに囲まれておったのです」
脇に進んだ男の一人が、緑の男に言った。
「何を言う、よく見ろ。どこからどう見ても人間の女どもだ。よそからやって来た、おろかもの達だ。とらえて我々のしもべにせよと、大いなる神がよこしてくれたのだ……」
歌うような流暢さで、にせ精霊使いはすらすらとまくし立てる。
ずいっ!
市職員ベッカは、ナノカたちの作った列の前に、進み出た。
「村の皆さん! その男の言っていることは、全部嘘です。精霊たちは、人間のいけにえなんて必要としていません。それに彼は、あなた方をいいように使役する資格も権限も、何も持ってはいないのです!」
男たちの大部分は、顔をしかめて首を傾げた。はッ、いかん! ついついイリー語・役人調で喋ってしまった!
「……北や西で奴隷のように扱われて、命からがらここまで逃げてきたのでしょう? せっかく故郷へ帰れたというのに、どうしてまたその男の奴隷をやらなくちゃいけないのですか!」
今度はベッカは潮野方言で呼びかけてみる、すると何人かは動揺したらしい。自分たちが西方流浪に出、また戻ってきたことを言い当てられて、内心どきりとしたのである。
「大切な東の地に、ふるさとの東部に、外で経験したいやなものを持ち込んでしまって、どうするんですかー!」
しかし偽の精霊使いは、鼻で笑う。
「弱いもの、おろかな者は使われて当たり前ではないか。強い男は弱き女と劣る男を守ってやり、その愚かなるたましいに生き方を教えてやるのだ。彼らがその返しに、奉仕するのは自然の摂理」
ゆらっ……。
ベッカの隣に、ナノカが立った。そのまま歩いて、精霊使いの真ん前まで行ってしまう。
「ふむ、みずから仕える気になったか。愚かな中にも、ましなのはいるようだな」
緑色の塗料に彩られた顔をぐにゃりとゆがめて、にせ精霊使いはいやらしく笑った。
ナノカも笑った。
「……鬼たらも、ろくに獲れないやつが……』
その背高い姿が、ゆらーりと揺らぐ!
『偉ッそうに言うんじゃあ、ないよーッッ』
どごーん!!
巨大なあざらしの頭突きを胸元真正面から喰らって、緑色のにせ精霊使いは、びゅーんと後ろへ吹っ飛んだ。
「うわああああっっ」
慌てて山刀を構え直した両脇の男たちを、ばしーん! ぶしーん! ナノカはかるーく後脚でぶち払う、こいつらもそれぞれの方向へ吹っ飛んでいく!
ぶおおおおおおん!!
ベッカのすぐ横に、ちんまりぴとっと貼りついたバーべお婆ちゃん以外、あざらし姿に戻った女達が一斉に吼えた。
「せ、せ、精霊じゃないかあ、やっぱりーッッ」
「ミヒャー様ぁ、助けてーっっ」
およそ半数以上が腰を引いて後ずさりする、……しかし残りは山刀を構えて、立ち向かってくる!
ばん! ぼん!
頭突きと後脚びんたで、華麗かつ大胆に男どもを吹っとばすあざらし達、そこへすらりと援護の長剣……!
ぎいーん!
ハムアの背後から、隙をついて切りかけた男の山刀が、閃光のようにさし入ってきたするどい一撃にはね上げられた。ブランだ!
男は狼狽、すかさずあいた腹のど真ん中に……どすん! 中段蹴りが埋まりこむ!
「うおえッ」
前折りにへたり込む男から、ブランは右脇ざっと視線を走らせる。棍棒を振り下ろす男をふわりとよけて、剣の柄頭で……がつんと、こめかみを打った!
「があっ」
間髪入れずに、そのまま右の肘打ち連打、がふうッ。あごに決まった、敵はのけぞる!
その体が地表に弾んだその瞬間、少し遠くでウイスカの細なが首に大男が腕を巻き付け、締め上げているのが目に入るッ……かしっ、長剣を鞘に。
ひゅうい、すとうーッ!!
瞬時のなめらか動作、ブランは中弓を引き絞ってたちまち撃った!
十数歩離れたところのその大男の肩口に、ずどん! 黒い矢羽根がはまる。思わず腕を離した男の顔に、息をふき返したウイスカの後頭突きが入った、ずどうん!
『ふーん、だ!』
「何と言う立ち回りだ、すごい殺陣だ! 最強じゃないかブラン君ッ」
はらはらぷよぷよしながら、ベッカはバーべお婆ちゃんを背中から抱きかかえて、一応守っているつもりである!
「手が出せませんね、お婆ちゃまッ」
「ほんとだにょ! ほれぼれするにょ!」
「恋は一回だけなのではッ?」
「推しに燃えんのは、別腹にょッ」
「ベッカさーん! 今のうち、海のほうへー! あっちでーす」
剣戟の合間、ブランが声高に叫んで、長剣で方向を示している。
「よしお婆ちゃま、実戦できない我々は後退を始めましょう!」
「にょん!」
ベッカはバーべお婆ちゃんの肩と腕に、紳士的に手を添え、走り出しかけた。
その時である!
『にょーッッッ、ベッカたぁんッッ』
いきなりぐわっと、あざらしに戻ったバーべが、ぐるんとベッカを前に押した!
とすとすッッッ……。
そのバーべの後脚のひれに、小さな矢が刺さる!
「お、お婆ちゃまぁっっ!?」