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荒ぶるおばちゃん達!あざらし軍団突入

 

 じゃばんっ…… ぶはぁッ!!


 勢いよく海面に飛び出したブランは、何より先に、目の前にひっついた前髪を両手でかき上げた。


 まわりを見る、水、水、水!


 落っこちてきた崖の断面、そこの東側へずーっと目を走らせ、ナノカたちと上陸したのはあの辺か、と見当をつけた。とんでもなく遠くに見える、しかし行くっきゃない。


 ブランは思いっ切り体をのばして、ぐういと得意の平泳ぎを始める。


 急げ急げ、自分があそこに着かなきゃ何も動かないのだ。ベッカは穴底、自分が助けなければ、あの骨々と同じになってしまう!



「くそうッッ」



 しかし何ということだろう、重く衣のまとわりつく体は全然前に進まない。どころか陸地が遠くなってゆく気がする……。とたんに四肢に疲れが宿った。



「あんちくしょーう! 俺のばかッ、すすめぇッ」



 気合を入れるつもりで叫んだその瞬間、横から波がどぶんとかぶさり、口にどばっと海水が入ってしまう、咳込む。



「くそう、くそう、くそうーッッ」



 少年の体を押さえつけている一番の重みは、実は焦燥なのだ。



――何で何で何で、俺はこんなに役に立たないんだッ。


「あ、海の中だからに決まってるか!」



 非常時なのに自分で自分に突っ込むあたりは、安定して最近の若い子である。



「自分に合わない場所では、他の人の力を借りるしかない……。ゼール、おばちゃーん! 助けてくれーッッ」



 叫んでみたが、やっぱり状況は変わらない。



「……」



 焦りと苛立ち、ベッカを失う恐怖でぐらぐら煮立つような頭を、ブランはじゃぶんと水につっこんだ。



「おはあひゃーん!! へーーるーー!!」(※お婆ちゃーん、ゼールー)



 ぶぉこぼこぼこぼこ、泡とともに彼は盛大に叫びを吐き出した。



「あうえ、えーー!!」 (※=助けて)



 水の中で叫ぶだなんて、こんなことをしたのは初めてだ! 鼻から口から入りこんだ海水が、激痛にかわってブランは一瞬気が遠くなる。と、その時。


 じゃばん!!


 下の方から何か力強いものに押し上げられて、ブランは海面に出た!



『どうしたにょん、ブランたん!』



 少年は自分を押し上げてくれた、小さめしわしわバーべお婆ちゃんの頭にしがみついた!



「わーっ、おばあちゃああん!」


『声きいて、すっとんで来たにょん! ベッカたんは、どこにょ!?』


「あの、崖の穴底に閉じ込められてるんだ。はやく助けに行かないと」


「ブラーン!!」



 はっとして呼ばれた方を見る。黒い小舟が、ぐんぐん近づいてきた!


 ずぼ、ずぼぼぼっ。それが近くに来るより先に、あざらし女たちが近くの海面に顔を出した。



『ブラン! 何よどうしたの、落ちちゃったの!?』


『お婆ちゃん、さすがの爆泳一番のりだわぁ……。海ん中で声きいて、皆で同時発だったのに……』


『かわゆいのをいじめる奴らは、バーべが許さんにょッ。焼き入れたるにょッ』



 両腕で抱きついているバーべののんびり顔が、いつのまにか毛筆描きの陰影ゆらゆら輪郭になっていて、ブランはぎょっとする。



「ブラン、上がれッ」



 追いついてきたゼールが、腕を差しのべた。あざらし達の頭に押し上げられて、ブランは小舟の中に転がり込む。とたん、強烈な寒気に少年はがたがた震えだした。



「外套脱いで、ほら毛布だッ」


『ヨウカ! お前の出番だよッ』



 びょーん! 勢いよく海上を跳ねとんだ仔あざらしが、こちらに落下してくる。


 ブランの両腕の中に、どすんと着地!



「うわ、ぬくッッ」



 ブランの話を聞いて、あざらし女たちは皆、ぎーんと顔を引きつらせた。と言うか、もう全員が全員毛筆描写である、陰影が濃い! かけあみ線がとても追いつかない、誰か手伝って欲しい!



『精霊使いの、偽ものだとう』


『あんなに優しいうちらのベッカ君に、ふざけたまねをッッ』



 ざざーん!!


 一行はものすごい速さで、低くなった崖のふちへと突き進み始めた。



「えー、ちょっと……皆、どうすんの!? 崖だよッ」



 必死に帆を操ってついて行きながら、ゼールはどなる。



『お供えものを取れるように、向こう側が低めの段々になってんじゃい。そこからよじのぼるど! あんたらは、どこに接岸できるんだえ!?』


「できるだけついて行くよ、お前だけ陸で皆を先導できる? ブラン!」


「あったり前だっ」



 天然湯たんぽ仔あざらし、もちもちヨウカを抱いてブランは言い放つ。もう震えてなんかいない!



『あそこだようッ』



 どすッ、海水に洗われる平たい岩棚に、ルルナとハムアが乗っかった。次いでナノカとウイスカ、バーべ。


 毛布と仔あざらしを舟の中に置いて、ブランもばしゃりと飛び出した。



「ゼール、ベッカさん連れて来たらすぐに逃げられるように、準備しといて!」


「わかった!」



 縄束を差し出しつつ、ゼールはうなづく。


 ばしゃばしゃばしゃ、ブランはあざらし女たちのところへ走っていく。ふっと、ルルナとハムアが両脇に迫った。



「……なに……? うぎょええええッ」



 おばちゃんあざらしが、そのふくよかなるお胸とおにくで、もよーんと左右からブランを圧迫してきたのである!



「ぎゃー、何すんのッ!? あついッッ」


『動いたらあかんよ……』


『乾いたかえ』



 はっ!?


 何と言うあざらしのおにく熱! 全身びっしょり重くなっていたブランの衣類が、瞬時に生乾き状態ではないか!


 騎士見習の体操着を持って行く日に、前夜の洗濯乾燥が間に合わなかった時、お母さんが必死に鉄ごてで持ち込んでくれたくらいの乾きようである! よくわからない例えだが、何とか通じて欲しい!



『いま行くぞうッッ、ベッカー!!』



 ナノカがずどんと吼えた。


 べたべたべたべた!


 全身を波打たせて、岩盤の上を這ってゆくあざらし軍団。


 ブランも全力でかけてゆく!





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