男爵令嬢に魅了された貴方、婚約破棄したい…殺したい…でも愛しているわ。
ミレーシア・コルティス伯爵令嬢はそれはもう、美しい令嬢である。
輝く金の髪に、碧い瞳。
コルティス伯爵家は大金持ちで、その家の一人娘に生まれたミレーシアは甘やかされて育った。
そして、ミレーシアには幼い頃からの友達、マリー・アーテル伯爵令嬢という女性がいた。
コルティス伯爵家とアーテル伯爵家の両親同士が仲が良く、自然と共に遊ぶようになったのだ。
ミレーシアはしかし、マリーの事が大嫌いだった。
「恵まれている癖に、いつも愚痴ばかり…貴方、愚痴を言う前に現状を打開する為に努力したらどうなのよ」
マリーは首を振って、
「だって、彼はいい人なのよ。ただ、わたくし、彼の事が苦手で」
今回、共にお茶を飲みながら話をしているのは、マリーの婚約者のハロルド・ミディ公爵令息への愚痴だ。
マリーはため息をついて、
「プレゼントが、わたくしのより上の物を返してくるのよ。わたくしが差し上げた刺繍入りのハンカチもマフラーも、手作りのケーキも、観劇も何もかも、すぐにわたくしより上の物をプレゼントしてくるの。何だか疲れない?」
本当に、贅沢なことを言う親友である。
だから、ミレーシアは、
「そんなに愚痴を言うならば、わたくしにハロルド様を頂戴」
そう言ってマリーを怒らせてしまった。
だってそうでしょう?そんなに苦手な男ならば、わたくしが貰ったっていいじゃない。
ミレーシアは16歳。大金持ちの伯爵家の一人娘には沢山の釣書が贈られてくる。
皆、婿養子を期待している貴族の次男三男なのだ。
でも、ミレーシアはマリーの婚約者のハロルドの事が、初めて見た時から好きだった。
マリーをエスコートしてきた、ハロルドをマリーに婚約者だと紹介された事がある。
銀の髪に整った美しい顔、父であるミディ公爵は現王国の宰相であり、優秀な彼は先々、父と同じ道を歩むであろうと言われていた。
紹介された時から、欲しくなった。
何で、友達の婚約者なのであろう。マリーなんて、愚痴ばかりの女より、わたくしのような、前向きで美しい女の方が余程ふさわしい。
だから、盗る事にした。
でも、盗ったことでマリーを不幸にしたい訳じゃないのよ。
大嫌いな幼馴染だとしても、やはり友達ですもの。
マリーにも幸せになって貰いたい。
だから、堅物の従兄を紹介してやることにしたのだ。
マーク・レイジャス公爵令息。父は騎士団長で、彼も騎士団へ入団を目指している16歳。マリーも16歳で同じ歳である。
恋する暇も無く、心身を鍛える為に生きているような堅物の従兄。それでも、可愛らしい恋人は欲しいようで、時々、母と共に公爵家を訪ねると、そんな風な事を言っていた。
「女性から刺繍入りのハンカチを貰えたら幸せだな…」
と、女性に夢見る事を言っているが、ミレーシアはそんなマークの事を呆れていた。
ミレーシアは刺繍も菓子作りも、男に媚を売るような事は大嫌いだったから。
家同士で話し合いをし、マークをマリーの新たな婚約者にして、自分はハロルドと婚約を結ぶことが出来た。
ハロルドは突然の婚約の解消そして、新たなミレーシアとの婚約に驚いているようで、しかし、家同士の話し合いはついているという事で、
「マリー嬢が私を気に入らなくてこのようになったと聞いた。私のどこがいけなかったのか……」
ミレーシアと会った途端に、そのような事を言われた。
ミレーシアはにこやかに、
「マリーは貴方の良さを解らなかったのですわ。わたくしならば、貴方のよさを解って差し上げられます」
「私の良さ?私は完璧であらねばならないと常に頑張って来た。マリー嬢が刺繍のハンカチをプレゼントしたら、それ以上の物をプレゼントしたら喜ばれるだろう。ケーキを作ってくれたらそれ以上のケーキを作ったら喜ばれるだろう。
もっともっと……喜ばせてあげたい。私は先行きこの王国の宰相になるのだから。もっともっと……君は喜んでくれるだろうか?」
「わたくしは、貴方のような男が好きよ。わたくしの為に沢山、愛を注いで頂戴」
「あああっ……」
いきなりハロルドは泣き出した。
ミレーシアは驚いて。
「どうしたの?貴方?」
ハロルドは地に両手をついて、
「私をののしってくれ。私は駄目な男なのだ」
「はい?」
「いくら頑張っても完璧になれない。何かしら失敗してしまう。マリーにだってきっと私のやった事が完璧でなくて気に入らなかったんだ」
ミレーシアは思った。
この人は可哀そうな人……
相当、プレッシャーを感じて生きてきたんだわ。
「わたくしの靴を舐めなさい」
椅子に座りハロルドの前に足を差し出せば、ハロルドは震える手でミレーシアの赤いハイヒールに舌を這わせてゆっくりと舐めた。
ミレーシアはハロルドに向かって、
「完璧でなくて良いのよ。ただし、仕事は完璧を目指さねばならないけれど。外は戦場。それは王宮だって同じ。宰相の仕事を目指すのならば、より、完璧を求められるでしょうね。それでも、家庭内では気を緩める事があってもいいと思うの。わたくしの前では貴方は奴隷。わたくしに全てを任せて、甘えてくれたらよいのよ」
「全てを任せて……」
「そう、いくらでも愚痴を聞いてあげるから。わたくしの前ではいくらでも泣いていいわ」
「ああああっ…私の女王様」
ハロルドは赤い靴の頬を寄せて、涙を流して。
「私はミレーシアの為に、いくらでも頑張って見せる。だから、家庭では私を甘やかしてくれ。いや、踏みつけてくれ。ののしってくれ。私の全てを受け入れてくれ」
「勿論、そうさせてもらうわ。愛しいハロルド」
ハロルドは変な人だったけれども、あまりにも求められる事が高くて、疲れ切っていたのだと思うの。
だから、わたくしが彼の全てを受け止めて、せめて二人きりの時は甘やかしてあげることにしたのよ。
しばらくは幸せだった……
ハロルドは沢山、貢いでくれたし、素敵な所へも連れて行ってくれて。
外では完璧なエスコート。
お茶会でも貴族令嬢の皆に羨ましがられて。
ハロルドを略奪したマリーは紹介したマークと上手くいっているようだけれども、顔を合わせるたびに、
「何だかモヤっとする。マーク様はとても素敵な方だから良いのだけれど」
「貴方、まだそう言っているの?いいじゃない。マリーだって今、幸せなんでしょう?マークはとてもいい人だから貴方に合うはずよ」
「そこの所は感謝しているけれど。あああっ……やっぱりモヤっとするわ」
「ハロルド様が好きだったの?」
マリーは首を振って、
「それは無いわ。あんな疲れる人、結婚しなくてよかったわ」
「それならいいじゃない」
「貴方に略奪されたのが嫌なの」
「だからモヤっとするのね」
「いつか、仕返しするんだから」
「ハロルド様を略奪し返すの?」
「まさか、そんなの嫌だわ。わたくしはマーク様が好きなの!それはないわ」
「だったらいいじゃない。青春の苦い思い出という事で」
「良くはないわっ。もう、モヤっとする。それじゃまた、会いましょう」
マリーの事、大嫌い……相手もわたくしの事を大嫌いと思っているでしょうけれども。お互い腐れ縁って奴かしら。
不思議なものね。
このまま、いずれはハロルドと結婚して、幸せになると思ったのに。
17歳になったら王立学園に貴族の子女は入学しなければならない。
二年間、みっちりと教育を受けるのだ。
そこで、ミレーシアはハロルドと楽しい学園生活を夢見ていたのだが、学園に入ってからしばらくしてハロルドの様子がおかしくなった。
おかしくなったのはハロルドだけではない。マリーの婚約者マークもこの王国のディック王太子も、一人の令嬢に夢中になったのである。
ピンクの髪の男爵令嬢アリア・デレスを囲んで3人は、楽し気に過ごすようになったのだ。
イラついたミレーシアがアリアの元にいるハロルドに声をかける。
「貴方の婚約者はわたくしのはずよ。なんでこんな女と仲良くしているのよ」
ハロルドはアリアの手を取って、
「アリアはとても可憐だ。君と違ってとても弱くて守ってあげたくなる」
マークもうっとりした顔で、
「そうだ。あああ、愛しのアリア。私の方を見ておくれ」
ディック王太子が立ち上がり、アリアをミレーシアから守るように、
「私は王太子ディックだ。可憐で愛しいアリアに危害を加えようならただではおかぬ」
ミレーシアはカーテシーをし、
「失礼致しましたわ」
その場を去るしか無かった。
伯爵令嬢、王太子相手にモノをこれ以上、申し上げる訳にはいかなかったからである。
悔しい。あんなにわたくしの事を愛してくれたじゃない。それなのに、あっけなく心代わりするなんて。わたくしは貴方の婚約者よ。悔しい。悔しいわ。
マリーに相談すると、マリーは、
「あああっ。マークがあんな人だったなんて。とても素敵な人だと思ったんだけれどね」
「悲しくはないの?」
「それは悲しいわ。もう、あの人に、刺繍入りのハンカチを贈っても、何をあげても、こんなものはいらないって……わたくし、悲しくて」
マリーが涙を流して、ミレーシアを抱き締める。
泣きたいのはわたくしだって同じよ。
泣く、マリーの背を優しくさすりながら、ミレーシアは思った。
心変わりをしたハロルド、許さないわ。
婚約破棄をしようと思った。
でも……自分の我儘で、ミディ公爵家と我がコルティス伯爵家は結ばれたのだ。
そして新たな政略も兼ねている。簡単に婚約破棄は出来ない、そう思った。
我慢するしかないのか?
このまま、心はアリアの元にあるのに、結婚しなければならないのか?
そんなある日、ミレーシアとマリーは一人の令嬢に呼ばれた。
エラウディア・メッテル公爵令嬢
ディック王太子の婚約者の公爵令嬢である。
学園の食堂のテラスの椅子にエラウディアが腰かければその向かい側の椅子にミレーシアとマリーが腰かけて。
「ディック王太子殿下と、ハロルド、マークは魅了という魔法にかかっているわ。かけているのはアリア・デレス男爵令嬢」
ミレーシアは驚いて、
「魅了って、そんな魔法があるのですか?」
マリーも納得したように、
「それでマーク様や王太子殿下、ハロルド様がおかしくなったのですね?」
エラウディアは頷いて、
「ええ、そうよ。今、王妃様と対策を考えているのだけれど、あまりにも強力な魅了。無理して解くと、魂が傷ついて、廃人になる危険があるわ。だから、魅了を解く魔法が完成するまで我慢して欲しいの」
「我慢ですか……」
ミレーシアの言葉にエラウディアは、
「そう、卒業式までには完成させたいのだけれど、後、一年半。長いわね」
一年半、ハロルドはあの男爵令嬢に愛を囁き、うっとりした眼差しで見つめて……
耐えられない。
それだったらわたくしは、あの人を……
マリーに手を握られた。
そして、マリーはエラウディアに、
「わたくしと、ミレーシアは耐えますわ。エラウディア様も耐えるのでしょう?」
「わたくしと、王太子殿下は政略。わたくしは王妃教育の一環として、この度の魔法の解除に当たるのです。これはわたくしの使命」
「エラウディア様も王太子殿下を愛していらっしゃるのでしょう?」
ミレーシアは思う。辛いのはエラウディア様も、マリーも一緒なのだと。
マリーの手の温かさで、我に返ることが出来た。
ミレーシアはふいに悲しくなって、
「わたくしは、ハロルド様がこれ以上、わたくしを裏切るのが耐えられません。でも、エラウディア様とマリーが耐えるというのなら、わたくしも耐えてみせますわ」
エラウディアが立ち上がり、ミレーシアの傍に来てハンカチを渡してくれた。
いつの間にか泣いていたようね……
「ありがとうございます、エラウディア様」
「わたくしも愛しております。ディック王太子殿下を。三人で卒業式で、魅了を解除できるように頑張りましょう」
ミレーシアは耐える事にした。
一年半はとても長い。
ディック王太子やハロルド、マークはアリアを中心に、楽しい学園生活を送っているようで。
それを見るたびにミレーシアの心は悲鳴を上げる。
「アリア。君の為に素敵な首飾りを見つけてきたのだ。私が自ら、アクセサリー店に立ち寄って、指示を出して作らせたものだよ。」
ハロルド自らアリアの首にその美しいエメラルドがあしらわれた首飾りをかける。
アリアは甘い声で、
「有難うございまーす。ハロルド様、うれしーい。」
悔しい。悔しい。悔しいっ……
アリアが悲鳴をあげる。
「ミレーシア様が睨んでいますううっ。アリア怖い」
「大丈夫だよ。私が守ってあげるから」
今すぐにでも、ハロルドの首を締めあげたい。
マリーが手を握って、ミレーシアを落ち着かせてくれた。
小さな声で。
「魅了にかかっているのだから、ハロルド様の本心ではなくてよ」
「解っているわ。解っているけれども」
あああ、わたくしの心が持つかしら。
エラウディアの指示で男爵令嬢を密かに殺そうとした。
しかし、アリアは特別な加護を持っているようで、階段から突き落とそうとしても、触れる事も出来ず、馬車に細工しても事故も起きず…食事に毒を仕込んでも何事も無くどうしようもなかったのだ。
そんな悔しい思いを抱えて、長い一年半が過ぎ、ついに、卒業式の日がやってきた。
エラウディアによると、魅了を解除する魔法は完成したという。
ハロルドの心を取り戻す事がこれでできると言うけれども。
庭にディック王太子、ハロルド、マーク、そしてアリアを呼び出して、
エラウディアがバイオリンを奏でて、魅了の解除の魔法をかける。
まずマリーが熱い言葉をマークに向かって囁いて、
「わたくしの目を見て下さいませ。マーク様。わたくし達の婚約は政略。でも、わたくしは貴方様の事を愛してしまいました。貴方様は卒業後、騎士団へ入られるのでしょう?父上である騎士団長様みたいな方になるのだと、いつも熱く語っていらっしゃいましたから。わたくし騎士団の事をお勉強致しましたのよ。騎士団の訓練は過激を極めるとの事。ですから…わたくしは、貴方様の為にお料理を研究して、学園に入る前は良く、わたくしのお弁当を持って、ピクニックへ出かけたり致しましたわね。とても楽しかったですわ。
貴方がお父様の遠征に付き従って、騎士団へ入団してもいないと言うのにわたくしは心配で刺繍入りのハンカチと手作りのお守りを差し上げましたわ。無事に戻って来た時にはどんなに嬉しかったか…
愛しております。マーク様。だから、怖かったけれども、アリアを階段から突き落とそうとしたのはわたくしですわ。そんなわたくしの事がもし、許さないと言うのなら、わたくし、貴方になら殺されてもよろしいですのよ」
魅了の白い花が砕け散り、マークは我に返ったように、
「そうだった。わたしはマリーの事を愛している。わたしの事を支えてくれて、いつも心配してくれた。君の事を忘れていたなんて…わたしはなんて愚かだったんだろう。愛してる愛してる……マリー、君の事を愛している」
マリーを抱き締めた。
次に、ミレーシアの番になった。
「ハロルド様。わたくしだって貴方様の事を愛しているのですわ。一目見たその時から、あまりの美しさに、ぼうっとしてしまって。わたくし、顔が良い男の人って好きですの。
頭が良ければ更に良いですわー。だって出来る男に嫁げば贅沢出来るじゃない。ハロルド様は何でも買って下さって、わたくしに贅沢をさせて下さったわ。まだ婚約者だというのに、貴方と結婚したら、もっと贅沢させてくれるのではないかって。だって未来の宰相様でしょう。わたくし、すごーく期待しているんだから。だから、わたくしの事を思い出して?ねぇ。お願いだから。は・ろ・る・どっ」
わざと茶化してハロルドに訴えてみた。
だって、涙が出て止まらなくなりそうだったから……
ハロルドは、
「あああっ。思い出した。私の女神よ。美しきミレーシア。私は君に貢ぐために生きてきたと言うのに…何でこんな子供じみた冴えないアリアなんかが好きだと思っていたんだ。お願いだから、もっと色々と強請ってくれ。そして私を踏みつけてくれ。あああっ。君の美しき足で頭を踏まれるこの快感がたまらないのだ。愛しているよ。ミレーシア」
そう言って、抱きしめてくれた。
一年半、いや、二年ぶりにハロルドの心が帰って来たのだ。
ミレーシアはハロルドに抱きしめられながら幸せに包まれていた。
無事、ディック王太子殿下もエラウディアによって魅了が解除されて、男爵令嬢アリアは捕まり、騎士達に連れていかれた。
でも……心の傷は消えないのよ。
その時は、幸せに包まれていたのだけれども、思いかえせば、二年間、苦しめられた日々。
アリアに向けた愛し気な眼差しが、思いかえせば苦しい。
愛しているから、尚更……
ハロルドとの婚約を解消する?政略で婚約は破棄出来ない覚悟はあったけれども、もう。愛しているからこそ、苦しい。
このまま、結婚して良いのかしら。一生、アリアに優しくする彼の顔を思い浮かべて苦しまなければならないの?
わたくしはどうしたらよいのかしら。
そんな時に、また、マリーと共にお茶をする機会に恵まれた。
ミレーシアの悩みに、マリーはお茶を飲んでから、一言。
「貴方は後悔しないの?ハロルド様と別れて。わたくしはマーク様と別れて後悔するわ。だって魅了にかかっていたのでしょう?二年間、マーク様に聞いたら、夢を見ていたようだって。なんであんな女に夢中になっていたんだろうって。言っていらしたわ。もし、婚約を解消して、他の女と共に夜会に出るマーク様を見たらわたくし、耐えられない。わたくしは後悔したくはないの。ミレーシア、貴方はどうなの?後悔しないの?」
真剣な眼差しでそう言われて、
「そうね。後悔するわね」
「だったら、婚約解消なんてしない。ハロルド様と結婚しなさい」
「貴方に言われるとモヤっとするわ」
「え?なんでよ」
「ハロルド様を略奪したのはわたくしよ」
「もう、二年以上前の事よ。わたくしはもう、モヤっとしていないわ。貴方の手の上で踊らされた事に関してね。お互いに幸せになりましょう」
「有難う。マリー。貴方はわたくしの生涯の……」
「何よ。生涯の?」
「ううん。なんでもないわ」
マリー、貴方はわたくしの生涯の友達よ。いえ、親友だわ。
マリーのお陰で、心の迷いは晴れた。
そうよ。ハロルド様は魅了させていた。本当に愛しているのはわたくしなのだから……
ハロルドにミレーシアは会いに行った。
ハロルドはベッドで寝込んでいて、
「本当にすまない。私は君を裏切り続けていたんだ。いかに魅了とはいえ、君は凄く傷ついたのではないのか?許せないというのなら婚約を解消してほしい」
「許せないと思ったの。でも、ね。マリーに言われたわ。後悔しないかって。わたくし、貴方を失ったら後悔するもの。やっと帰って来てくれたのね。ハロルド様。結婚しましょう。なるべく早く。悪かったと思うのなら、償って頂戴。それで許してあげるわ」
「勿論っ」
ベッドから飛び降りるとハロルドは、地に這いつくばり、ミレーシアの足に口づけて。
「愛している。私の女王様。どうか私を捨てないでおくれ。一生、私を叱って踏みつけて甘やかして、手の平で転がしておくれ。あああ、お願いだから。ミレーシア」
わたくしにはハロルドを捨てる事は出来ない。
この人はわたくしがいないと駄目な人なのだわ。
「ええ。正常に戻ったのですもの。うんと甘やかして、踏みつけて、叱ってあげるわ。だから、わたくしに貢いで、そして愛して頂戴」
「愛しているよ。ミレーシア」
ハロルドが立ち上がって口づけをしてきた。
久しぶりの口づけはとても甘く、とろけるようだった。
「私は悪くないのぉーーーー。私は贅沢をしたかっただけなのっーー」
王宮の庭で、王国の王妃とエラウディア、そして招待されたミレーシアとマリーがお茶をしていた。
その前に騎士達に連れてこられたアリアが縛られたまま、立って喚いている。
王妃が、紅茶をカップを手に持ち、エラウディアに、
「この度は良くやった。エラウディア、そしてミレーシアとマリー」
三人は王妃に褒められて頭を下げる。
「有難うございます。王妃様」
エラウディアが三人を代表して答える。
王妃は立ち上がって、喚いているアリアの傍に行き、
「お前の魅了は素晴らしいものであった。しかし、魅了は禁じられた魔法。我が息子達に使った罪は重いぞ。二度と、王国で魅了の被害者を出すわけにはいかぬ。お前は見せしめとして石像になるがよい」
アリアの着ているドレスから徐々に石に変わっていく。
「お、お許しをっーーーいやぁーーー石になりたくない」
「醜く叫ぶがよいわ。そうすれば、その恐怖の顔を見て、魅了を使おうとする輩が考えなおすであろう。さぁ叫べ、喚くがよい」
「助けてっーーー。ディック様っ。ハロルド様っ。マーク様ぁーーー」
ミレーシアは耐えられなかった。
立ち上がると、思いっきりアリアの頬をバシっと叩いた。
アリアは泣きながら、
「何をするのよっーーー」
「わたくし達がどれだけ傷ついたか。貴方は人の物を盗ったの。わたくし達の心を踏みつけたのよ。だから貴方は石像になるのがふさわしいわ。罰を受けるがいいのよっ」
パリパリパリと音がして、目を見開いて泣いているアリアはそのまま石像になった。
マリーが一言。
「ミレーシアもハロルド様を盗ったけれどもね。やはりモヤっとするわーー」
「いいじゃない。それで貴方はマークと出会って今は幸せでしょ?」
「ええ、そうね。」
マリーと共にミレーシアは、カーテシーをし、王妃とエラウディアのお茶会から、外へ出れば、大きな赤い薔薇の花束を持ったハロルドとマークが待っていて、
ミレーシアとマリーはそれぞれの婚約者の元へ駆け寄る。
ハロルドは薔薇の花をミレーシアに手渡して、
「二度と、君を不安にさせない。愛しているよ。ミレーシア」
「わたくしもよ。ハロルド様」
ハロルドにぎゅっと抱きついた。
マリーもマークも抱き締め合って幸せそうだ。
空は晴れ渡り、二組のカップルはそれぞれ幸せを噛み締めて、それは春の終わりの、暑い夏が来ようとする晴れやかな日の出来事であった。