おふだの使い方が正しいかどうか、三枝さんに戦いを挑んでみようかと思う。
視聴覚教室の底冷えに、暖房が負けている。
椅子の上で身を縮めると、ぺたり、と視界が遮られた。
整然と並ぶ机が、突然真ん中だけ消える。
――わけがない。
おでこの細長い紙に手を伸ばすと、柔らかな体温に止められて、ドキッとする。
「だーめ」
いつも二人しか来ない英会話同好会で、次元に異変をもたらした犯人は、声の主の三枝さん以外にありえない。
「何貼ったの?」
「おふだ」
制服のリボンを揺らして現れた三枝さんに、和紙が僅かに翻る。
悪霊退散ってこと?
「嫌がらせ?」
見上げる僕の疑問に、前に立つ三枝さんの頬が膨らむ。
その表情もかわいいと思うのは、惚れた弱みだ。
「おふだは、清らかで明るくて静かで高いところに祀るんだって」
三枝さんがエッヘンと胸を張る。
よく突飛なことを仕掛けてくる三枝さんは、今日も斜め上に爆走中だ。
クリスマス前だからって邪念は不要、真剣に活動目的を達成せよ、ってこと?
「なるほど! って、言うと思う?」
「だって、伊織君、清潔感あるし」
「アリガトウ。でも、解せない」
僕が目を細めると、三枝さんは肩を竦める。
「清潔なくして清らかはないし。それに伊織君、にこやかで明るい上に、ほら、佇まいが静かでしょ?」
「三枝さんとノリツッコミするくらいだから、期待される静けさとは違うよね」
全部こじつけだけど、普段の姿が好意的に捉えられてるみたいで、こそばゆい。
ただ、僕自身に厳かさは、絶対ない。
「でも、騒がしいってわけじゃないから、比較すれば静かだよ?」
「比較って間違ってない?」
「間違いなく身長は高いし」
「根本的に解釈が違うと思う」
「違わないよ? だって、キスしようとしたら、私が背伸びしなきゃいけないでしょ?」
「だ、だから、そういうことじゃなくて」
首を傾げる三枝さんに、顔が熱くなる。
でも、僕らは付き合ってないし、そんなことをした事実もない。
哀しいことに、三枝さんに飄々と揶揄われているだけ。
度重なれば理解せざるを得ない。
「そういうことなの。正しい使い方なの!」
「絶対違うでしょ。そもそも、悪霊退散してどうするの?」
「悪霊退散じゃない」
「え? じゃあ、何?」
一体、どんな願いなんだろう?
三枝さんが珍しく言い淀む。
「――虫除け」
「虫除け?」
眉を寄せた僕に、三枝さんの口が尖る。
「だって――余計な虫がついたら困るでしょ」
「余計な虫って……」
神聖な紙の向こうで、三枝さんが初めて目を逸らした。
急激に暑くなる。
コクリ、と僕の喉が鳴った。
久々の新作。楽しんでいただければ幸いです。