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「……!というかお前、怪我は大丈夫なのかよ……!」
「怪我ァ?あんなモン、俺にとっちゃかすり傷みてェなモンさ」
「かすり傷って……トラックに跳ねられてんだぞ。いいからさっさと……」
降りて来い……と続ける前に男は突き出し看板の上から飛び降りる。
そして、ふわりと目の前に着地した。
「いや、無茶するなよ!怪我人なのに……!」
「お前、コサキって言うんだなァ」
「そうだけど、今はそんな話じゃないだろ……!」
「そうかァ、コサキかァ」
俺の話を完全に無視して俺の顔をジロジロと見る男。距離が近い、近すぎる。
「……なァ、コサキよォ」
「な、なんだよ……」
暫く至近距離で顔を見つめられた後、男はようやく声を出した。
「アイツは、何もやっちゃいねェさ」
「は……?」
喋ったと思ったらいきなり訳の分からないことを口走る。何なんだこの男は。
「えっと……何が言いたいんだよ」
「さっきの男の話だ」
鮫島のことだろうか。だとしてもコイツが何を言いたいのかが分からない。
「コサキ、よく聞け」
「何だよ。というか俺の名前を一方的に知られてるのが気に食わないんだが。お前の名前も……」
「本当に人を殺した奴は、血の匂いがするモンさ」
……思わず、息を飲んだ。
コイツは何処まで知っている?
少なくとも、俺が鮫島を人殺しかもしれないと疑っていたことには気づいているようだが。
「……何怖い顔してンだ、コサキィ」
「お前が、俺の考えを読んだからだろ」
「すげー思い詰めた顔してたからなァ。でも俺には分かるさ。アイツは何もやっちゃいねェよ」
だとしたら鮫島の身体の煙草の痕は?背中のナイフの傷はどうやって説明する?
そもそも血の匂いなんて、そんなもので人殺しかどうか分かる訳が無い。
だって、風呂にでも入れば血なんて簡単に落ちるだろ。
「……まァ、あんま思い詰めなさんな。それより金貸してくれ。俺ァ暫く風呂に入ってねェんだ」
つまり、銭湯に入りたいと言いたいのか。この男は。
ホームレスに金を貸したところで帰って来ないのがオチだろう。
ただ、銭湯の料金なんてたかが知れている。それくらい貸してやっても良いか。……色々と借りもあるしな。
「ほら」
「おお、こんな大金良いのかァ」
大金って……1000円だぞ。
俺が差し出した1000円札を宝でも見るかのような目で見つめる男に思わず吹き出しそうになった。
「恩に着るぜェ。じゃあ、またどっかでなァ」
男は手を振り、銭湯の中へと消えて行った。
「……あ。そういえば名前……」
俺は名前を聞き忘れていたことを思い出し、追いかけようとする。その瞬間……
──────微かに、血の匂いを感じた。
「……!!」
俺は思わず足を止める。
「……まさか、な」
どうせ気の所為だろう。そんなこと、ある筈が無い。
それでも、俺は何となく早足で寮へと帰ることにした……。




