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【完結済】多分、異世界転生もの。  作者: 久遠 魂録


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99/102

聖なる夜のシミュレーション、あるいは愛の証明

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

アトランティア市に、初めての雪が降った。

空から舞い落ちる結晶は、一つ一つが精緻に計算された数学的な美しさを持ちながらも、頬に触れれば本物よりも冷たく、そして儚く消えていく。

「……綺麗ね。まるで、あの年のクリスマスみたい」

阿武隈探偵事務所のテラス。 八千代は厚手のストールを羽織り、白く染まり始めた街並みを見渡していた。 隣に立つ遼司は、マフラーを鼻先まで引き上げ、缶コーヒーを両手で包んでいる。

「……あの年ってのは、どの年だ。俺たちが初めてケーキを半分こにした時か? それとも、哲人に大きな模型をねだられた年か?」

「ふふっ。その全部です。……この世界は不思議ですね。思い出をなぞるだけで、その時の温度まで蘇ってくる気がします」

八千代が空に手を伸ばすと、手のひらに雪の結晶が止まった。 それは、現実世界ではもう失われてしまった、若き日の手のひら。 けれど、そこに宿る想いは、何十年という歳月を経てなお、熱を帯びている。

「……なぁ、八千代」

遼司が、不意に真面目なトーンで切り出した。

「俺たちは、ここで永遠を生きる。……それは、贅沢なことなんだろうな。哲人や、この街の住人たちが守ってくれた、最高の『ご褒美』なんだろうな」

「ええ、そう思います。……でも、あなた。何か不安なのですか?」

八千代の澄んだ瞳が、遼司の迷いを見抜くように覗き込む。

「不安じゃねえ。……ただ、時々思うんだ。俺たちは、この『止まった時間』の中で、ちゃんと新しい思い出を作れているのかなってな」

遼司は、街を歩くNPCたちを見やった。 彼らは決められたルーチンを繰り返し、同じ冬を何度も過ごす。 自分たちも、いつかそのサイクルの中に埋もれて、感情が磨り減ってしまうのではないか。 ハードボイルドを気取る探偵にしては、柄にもないセンチメンタリズム。

「……あなた」

八千代が、遼司のゴツゴゴツとした手を、両手で包み込んだ。

「見てください。私のこの手。……若返っていますけれど、あなたを愛しているという感覚だけは、昔のままで、それでいて毎日新しく更新されているんです」

八千代は、遼司の胸にそっと頭を預けた。

「昨日よりも、今日の方があなたのことが好き。……そんな風に思えるのは、時間が止まっていない証拠ですよ。データの蓄積ログじゃなくて、私たちの心が動いているから」

「……八千代」

遼司は、自嘲気味に笑い、妻を抱き寄せた。

「……負けたよ。ばあさん……いや、八千代。お前の言う通りだ」

右腕のカインが、空気を読んだのか、内部のヒーターを最大出力にして遼司の手を温める。

『報告。……周囲の気温は氷点下ですが、お二人の周辺のみ、平均より5度高い熱源を検知しました。……科学的には「熱愛」と分類されます』

「……カイン。余計な解析すんな」

遼司が照れ隠しに呟くと、背後の事務所の扉が勢いよく開いた。

「局長! お姉さん! ケーキ、買ってきましたよ! 雪の中、限定品をゲットしました!」 「私も、シャンパン(ノンアルコール)の栓を抜く準備はできています!」

ケン太と星が、鼻を赤くしながら戦利品を掲げて戻ってきた。 事務所の中からは、薪ストーブのパチパチという音と、温かいシチューの匂いが漏れ出している。

「……さあ、行きましょう。新しい思い出の、1ページ目へ」

八千代が遼司の腕を引き、暖かな光の中へと誘う。

「ああ。……待たせたな、野郎ども。今夜は無礼講だ!」

窓の外では、雪がますます激しく降り積もっていく。 けれど、探偵事務所の窓から漏れる光は、どんな吹雪にも消されることのない、確かな熱を帯びて輝いていた。

世界のどこかで、哲人がこの光景をモニター越しに見て、満足げに微笑んでいるような――。 そんな確信を胸に、遼司は愛する者たちの輪の中に飛び込んだ。


この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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