見習い卒業試験と、小さな名探偵
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……師匠! 今日の依頼、僕に全部任せてください!」
阿武隈探偵事務所の朝。 ケン太が、いつも以上にピカピカに磨き上げた虫眼鏡を手に宣言した。 彼は今日で、事務所に足を踏み入れてからちょうど一年(SAGA SAGA内時間)を迎える。
「ほう。……全部、か?」
遼司は新聞を広げたまま、眼鏡の奥の目を細めた。
「はい! お姉さんに教わった『おもてなし』も、星さんに教わった『護身術』も、全部マスターしたつもりです。……だから、僕が一人前になれるか、テストしてほしいんです!」
ケン太の真っ直ぐな瞳に、八千代がクスクスと笑った。
「あら、頼もしいわね。……どうします? 局長」
「……そうだな。ちょうど一つ、奇妙な依頼が来てる。……ケン太、これをお前に任せる。俺と八千代は、後ろからついて行くだけだ。口は出さねえ」
遼司が差し出したのは、一通の青い封筒。 差出人は不明。『第42区画の廃屋に、消えた時間を探しに来られたし』という、抽象的な内容だった。
***
第42区画。アトランティア市の端に位置するこの場所は、開発が止まった古い住宅街だ。
「……消えた時間、か。カイン、何かデータはある?」 ケン太が、同行しているカイン(右腕形態)に尋ねる。
『否定。この区域の履歴は、3年前のアップデート時に抹消されています。……何らかの隠蔽工作の可能性があります』
「隠蔽……。よし、まずは聞き込みだ!」
ケン太は、近所の公園で遊んでいたNPCの子供たちに声をかけた。 遼司と八千代は、数メートル後ろでその様子を見守る。
「……あの子、最初は挨拶すらまともにできなかったのにね」 八千代が、感慨深そうに呟く。
「……ああ。今じゃ、立派な聞き込みのプロだ」
ケン太は、子供たちから「夕暮れになると、廃屋からカチカチという音が聞こえる」という情報を引き出した。 彼はすぐに現地へ急ぎ、廃屋の地下室へと踏み込む。
地下室の中は、埃を被った大量の「時計」で埋め尽くされていた。 振り子時計、腕時計、砂時計。 その全てが、ある一点を指して止まっている。
「……誰だ?」
部屋の奥に、一人の老人が座っていた。 彼は、壊れた時計の部品を執拗にいじり続けている。
「……おじいさん。ここで何をしてるの?」 ケン太が優しく声をかける。
「……直しているんだ。……あの日、家族が笑っていた、あの時間を」
老人の正体は、かつてこの区画のデータ削除の際に、消去されかけたNPCだった。 彼は「幸せだった時間」を取り戻そうと、世界のゴミ捨て場から拾い集めた時計を繋ぎ合わせ、偽りの時間を刻もうとしていた。
『警告。……老人の情念が暴走。周囲の時計が物理干渉を開始します。……攻撃、来ます!』
カインのアラートと共に、無数の時計の針が矢のようにケン太に襲いかかった。
「……うわっ!」
ケン太は星に教わった身のこなしで、辛うじて回避する。 だが、針の雨は止まない。 遼司は反射的に銃を抜こうとしたが、八千代がその手を制した。
「……待って。あの子を見て」
ケン太は、逃げるのをやめた。 彼は、針の雨の中を真っ直ぐに突き進み、老人の手を握った。
「……おじいさん! 時計を直しても、時間は戻らないよ!」
「うるさい! お前に何がわかる!」
「わかるよ! ……僕も、この世界に来るまで、ずっと一人ぼっちだと思ってたから!」
ケン太の声が地下室に響く。
「でもね、師匠やお姉さんが教えてくれたんだ。……大事なのは、過ぎ去った時間じゃなくて、『今、誰といるか』だって! おじいさん、一人でこんな暗いところにいないで、僕と一緒に外に出よう! 美味しいお茶を淹れてあげるから!」
老人の動きが、止まった。 ケン太の手の温もりが、冷え切ったデータに伝播していく。 老人の目から、一筋のノイズがこぼれ落ちた。
「……そうか。……私は、眩しすぎたんだな。『今』という光が」
時計の針が、全てバラバラと崩れ落ちた。 地下室を覆っていた不穏な空気が霧散する。
***
「……依頼完了。……で、いいかな?」
夕暮れの街角。ケン太が、少し誇らしげに報告した。 老人は八千代の説得で、前線cafeの裏方として雇われることになった。
「……ああ。合格だ」
遼司は、ケン太の頭をガシガシと撫で回した。
「力で解決するんじゃねえ。……相手の懐に飛び込んで、心を開かせた。……立派な『阿武隈探偵事務所』の所員だ」
「へへっ。……ありがとうございます!」
「じゃあ、お祝いですね。今夜はご馳走にしましょう」 八千代が微笑む。
ケン太の背中は、一年前よりずっと大きく、頼もしく見えた。 彼もまた、この世界で「自分の足で歩く」術を身につけたのだ。
アトランティアの空には、一番星が輝き始めていた。 一人の少年が「名探偵」へと一歩近づいた、そんな穏やかな夜だった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




