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【完結済】多分、異世界転生もの。  作者: 久遠 魂録


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不完全なレシピと、食卓のノイズ

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

「……局長。この依頼書の字、汚すぎませんか?」

阿武隈探偵事務所のデスクで、早乙女星が眉をひそめていた。 彼女が手にしているのは、今朝ポストに入っていた手紙だ。 ミミズがのたうったような悪筆で、『今夜、我が家に来られたし』と書かれている。

「……確かに。暗号解読班カインが必要なレベルですね」 八千代も苦笑いしながら覗き込む。

『解析。筆跡照合……該当者あり。サザンクロス団地在住、天王寺氏です』

右腕のカインが即答した。

「天王寺? ……ああ、あの『石膏お父さん』か」

遼司は思い出した。 かつて「完璧な家族」を演じるために心を捨て、怪物と化した男。 遼司が「泥臭い情念」を叩き込んで、人間臭さを取り戻させた相手だ。

「何の用だ? また家族喧嘩でもしたか?」

「いいえ。……どうやら『快気祝い兼、八千代さんの帰還祝い』のお誘いみたいですよ」

星が手紙の続き(解読不能な部分)を読み解く。 そこには、『最高に不味くて、最高に美味いディナーを用意する』と書かれていた。

***

サザンクロス団地、最上階。 かつてはモデルルームのように無機質だった天王寺家のリビングは、劇的に様変わりしていた。

「いらっしゃい! 狭いけど、適当に座ってくれ!」

出迎えた父親は、以前のバリッとしたスーツ姿ではなく、ヨレヨレのTシャツにエプロン姿だった。 髪もボサボサで、無精髭が生えている。 だが、その表情は生き生きとしていた。

「お邪魔します。……随分と、模様替えしましたね」

遼司が部屋を見渡す。 床には子供のオモチャが散乱し、壁には娘が描いた絵(落書き)が貼られている。 洗濯物がソファに積まれ、テレビからはバラエティ番組の音が流れている。

「あはは! ひどい有様だろう? 妻も働きに出るようになってね、家事の分担で毎日戦争さ」

父親は豪快に笑い、散らかった雑誌を足で退けた。

「探偵のおじちゃん! いらっしゃーい!」 「お姉ちゃんも! 若くなってるー!」

娘のすずちゃんが、元気よく飛びついてくる。 以前の「お人形」のような作り笑いは消え、泥だらけの靴下で走り回る普通の子供になっていた。

「こら鈴! お客様に失礼でしょ!」 奥から母親が顔を出す。彼女の手には、焦げたフライパンが握られていた。

「あらあら、元気で何よりですね」 八千代が、鈴ちゃんの頭を撫でる。

「さあ、みんな座って! 今日は俺の特製『男のチャーハン』だ!」

父親がドン! とテーブルに置いた大皿。 そこには、具材が不揃いで、所々黒く焦げたチャーハンが山盛りにされていた。 第39話で見た、あの完璧で味のないフルコースとは対極にある料理。

「……いただきます」

遼司はスプーンで一口食べた。 塩味が強い。米が固い。焦げの味がする。

「……どうだ?」 父親が不安そうに尋ねる。

「……ああ。最高に『人間』の味がするよ」

遼司がニカっと笑うと、父親はホッとしたように胸を撫で下ろした。

「よかった……! 昔の俺なら、こんな失敗作、ゴミ箱行きだった。でも今は、これが一番美味いんだ」

「私も手伝ったのよ! 卵割ったの!」 鈴ちゃんが得意げに言う。

「あら、すごいわね。……星さん、貴女も見習わなきゃ」 「うぐっ……。善処します」

食卓は、笑顔と会話の「ノイズ」で満ちていた。 食器が触れ合う音、テレビの音、笑い声、叱る声。 かつてこの家が排除しようとしていた「雑音」こそが、家族を繋ぐ絆の音だったのだ。

「……八千代さん。生きて帰ってきてくれて、本当によかった」

母親が、ビールを注ぎながら言った。

「私たち、貴方たちに救われたんです。……完璧じゃなくていい。失敗してもいい。そう教えてもらったから、今、こうして笑っていられるんです」

「……いいえ。私の方こそ」

八千代は、グラスを受け取り、瞳を潤ませた。

「こんなに素敵な『ノイズ』を聞かせてもらえて……幸せです」

彼女は、若返った身体でビールを一口飲んだ。 喉越しが冷たくて、少し苦い。 それが、生きている実感だった。

宴は夜遅くまで続いた。 ケン太と鈴ちゃんはゲームに熱中し、星は母親とスイーツ談義に花を咲かせ、遼司と父親はベランダで安酒を酌み交わした。

「……なあ、探偵さん」

父親が、夜景を見下ろしながら言った。

「この世界(SAGA SAGA)は、作り物かもしれない。……でも、俺たちがここで流した汗や涙は、本物だよな?」

「ああ。間違いねえ」

遼司は、自分の右腕カインを見つめた。 データで作られた義手。 だが、そこには弟の魂が宿っている。

「作り物だろうが何だろうが……俺たちが『愛した』もんが、真実だ」

「……そうか。なら、安心だ」

父親は満足げに笑い、グラスを干した。

帰り道。 満腹になったケン太をおんぶして、遼司たちは夜道を歩いた。

「……楽しかったですね、あなた」

「ああ。……食いすぎたけどな」

「ふふっ。明日の朝は、胃に優しいお粥にしましょうか」

「頼むわ」

夜風が心地よい。 不完全で、泥臭くて、騒がしい世界。 だからこそ、愛おしい。

遼司は、八千代の手を握りしめ、明日へと続く道を歩いていった。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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