二度目の初恋と、極彩色の記念写真
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……おはようございます、あなた」
カーテンの隙間から差し込む朝陽よりも眩しい笑顔が、遼司の視界を埋め尽くした。
「……う、お……。おはよう、八千代」
遼司は、ベッドから転げ落ちそうになりながら起き上がった。 目の前にいるのは、70年前の若き日の姿を取り戻した妻・八千代だ。 ワンピースのエプロン姿が、反則的なほど似合っている。
「ふふっ。どうしました? 幽霊でも見たような顔をして」
「幽霊の方がマシだ……。心臓に悪い」
遼司は顔を洗いに洗面所へ逃げ込んだ。 鏡に映る自分は、相変わらず見た目は若い20代半ば(ホムンクルス)のままだが中身はおっさんのまま。 変に「正義の味方」を続けていたせいか、生前は無口で寡黙な人だと思われていた自分が、タガが完全に外れてしまって阿武隈遼司と言う人物に完全に染まっていた…。
対して、妻は見た目も中身も20代の輝きを放っている。
(……釣り合いが取れねえな、こりゃ)
苦笑いしながらも、遼司の口元は緩みっぱなしだった。 彼女がここにいる。 若く、健康で、そして「永遠」に。 それが何よりも嬉しかった。
***
「さあ、開店準備ですよ!」
阿武隈探偵事務所の表に出ると、ケン太が脚立に乗って看板を磨いていた。
「師匠! お姉さん! おはようございます!」
「おはよう、ケン太君。……まぁ、ピカピカね」
八千代が褒めると、ケン太は照れくさそうに鼻をこすった。 彼は八千代が若返ったことにもすぐに順応し、変わらず「お姉さん」と呼んで慕っている。
「おはようございます。……今日の朝食は、フレンチトーストと聞きましたが?」
早乙女星も出勤してきた。彼女の手には、開店祝いの花束(と、自分用のおやつ)が握られている。
「ええ。たっぷりのハチミツと、星さんの好きなホイップクリームも用意してありますよ」
「素晴らしい! ……やはり、八千代殿がいると世界の輝き(カロリー)が違いますね!」
賑やかな朝。 コーヒーの香りと、トーストの焼ける匂い。 かつて当たり前だった風景が、より一層鮮やかに戻ってきた。
「……さて。仕事すっか」
遼司が看板を掲げると、早速、最初のアポイント客が現れた。
「よう、探偵さん。……いや、今は『英雄さん』と呼ぶべきかな?」
大きな一眼レフカメラを下げた初老の男。 遼司たちに救われた写真家・写楽だった。
「よしてくれ。俺はただの探偵だ」
「ハハッ、違いねえ。……ところで、今日は依頼じゃねえんだ。約束を果たしに来た」
写楽は、カメラを構えた。
「あの時、撮れなかっただろう? ……『最高の一枚』を」
写楽の事件当時、八千代の身体にはノイズが走り、完全な写真は撮れなかった。 だが今は違う。
「……そうだな。頼むわ」
遼司は帽子を直し、八千代の手を引いた。 星とケン太も、わらわらと集まってくる。
「並んで、並んで! ……はい、チーズ!」
カシャッ。
写楽が切ったシャッターの音は、心地よく響いた。 現像された写真には、探偵事務所のメンバー全員が写っていた。 中央で腕を組む遼司。 その隣で、太陽のように笑う若い八千代。 後ろでピースサインをする星とケン太。
そこには、一点の曇りもない「極彩色の幸福」が焼き付けられていた。
「……いい写真だ」
遼司は、その写真を新しいフォトフレームに入れた。 以前の少し寂しげな写真の隣に、新しい歴史として飾る。
「これから、たくさん増えますよ。……思い出の写真」
八千代が、遼司の隣でフォトフレームを指でなぞる。
「ああ。……アルバムが何冊あっても足りねえかもな」
「ふふっ。覚悟してくださいね? ……私、行きたいところが山ほどあるんですから」
「望むところだ。……世界中、どこへでも連れて行ってやる」
遼司は、八千代の肩を抱いた。 その温もりは、もう消えることはない。
カランコロン。
再びドアベルが鳴る。 今度は、猫を探しているというお婆さんだ。
「はい、阿武隈探偵事務所です! 迷子探しならお任せください!」
ケン太が元気よく飛び出していく。 星がサポートに向かう。 八千代がお茶を入れる。 そして、遼司が依頼人の話を聞く。
世界を救う戦いは終わった。 けれど、彼らの物語は終わらない。 愛おしい日常を守るための、小さな冒険の日々が、ここからまた始まるのだ。
「……いらっしゃいませ。今日は、どんなお困り事ですか?」
探偵事務所の窓から、穏やかな春の風が吹き込んでいた。 それは、長い冬を越えて訪れた、新しい季節の予感だった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




