スタンプカードは満了、そして
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
駅の改札口前。 最後の巨人が崩れ落ちると同時に、黒い太陽が急速に収縮を始めた。 システムによる強制介入が、時間切れ(タイムアウト)を迎えたのだ。
「……終わったか」
阿武隈遼司は、壁にもたれかかったまま、ズルズルと座り込んだ。 全身が痛む。右腕のカインは完全に沈黙している。 だが、心は奇妙なほどに澄み渡っていた。
「やりましたね、局長……!」 「おじさん、すごかったよ!」
星とケン太が、煤だらけの顔で駆け寄ってくる。 二人もボロボロだが、その瞳には達成感の光が宿っていた。
「ああ。……なんとか、店番は果たせたな」
遼司は、懐から「探偵事務所の鍵」を取り出し、手のひらで転がした。 ケン太に預けていたが、戦闘のどさくさで返されていたものだ。
「……さて。あいつは無事に向こうへ着いただろうか」
遼司が改札口を見上げた、その時。
ピロン♪
どこか間の抜けた電子音が響いた。 改札機から、一枚のカードが吐き出されたのだ。
「……なんだ、これ?」
遼司が拾い上げると、それは「SAGA SAGAポイントカード」のようなデザインのカードだった。 だが、そこに印字されていたのはポイントではなく、八千代からのメッセージだった。
『ただいま、現実世界に到着しました。……これから、家族に挨拶をしてきます』
「……届いた」
遼司の手が震える。 彼女は無事に、死の淵にある肉体へと戻ったのだ。
『追伸。……スタンプカード、満了しました。景品は「再会」です。……少しだけ、待っていてくださいね』
カードの裏面には、八千代がこの世界で過ごした日々の数だけ、小さなハートマークのスタンプが押されていた。 そして最後のスタンプは、今日の日付。
「……馬鹿野郎。こんなもん、用意してやがったのか」
遼司はカードを胸に押し当て、声を上げて泣いた。 悲しみの涙ではない。 彼女の愛と、覚悟と、そして未来への約束に対する、感謝の涙だった。
「……局長」
予言者が、瓦礫の山から降りてきた。 彼はボロボロのコートを翻し、遼司を見下ろした。
「満足ですか? 運命をねじ曲げ、システムに喧嘩を売り、愛する者を死地へ送り出した気分は」
「……最高だぜ。文句あるか」
遼司は涙を拭い、予言者を睨みつけた。
「フン。……貴方という男は、本当に呆れるほどに『人間』ですね」
予言者は、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。
「いいでしょう。この物語の『続き』……楽しみにさせてもらいますよ」
予言者は指を鳴らすと、黒い霧となって消え失せた。 彼もまた、この結末を認めたのだ。
駅のホームに、静寂が戻る。 だが、それは以前のような冷たい静けさではない。 希望を孕んだ、温かい静寂だった。
「……帰ろう。俺たちの家に」
遼司は立ち上がり、星とケン太の肩を抱いた。
「八千代が帰ってきたら、盛大にパーティーだ。……星、ケーキの準備は任せたぞ」
「はい! アトランティア中のスイーツを買い占めてきます!」
「僕、飾り付けやるよ! クラッカーも買わなきゃ!」
三人は、笑い合いながら崩壊した駅を後にした。 外に出ると、黒い太陽は消え去り、美しい夕焼けが広がっていた。
その空の向こう。 現実世界という遠い場所で、一人の老女が最後の時を迎えようとしている。 だが、それは終わりではない。 新たな旅立ちの始まりなのだ。
(待ってるぞ、八千代。……ゆっくりでいい。道草食ってもいい。……必ず、ここへ帰ってこい)
遼司は夕日に向かって、静かに祈った。 その手には、満了したスタンプカードが、しっかりと握りしめられていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




