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【完結済】多分、異世界転生もの。  作者: 久遠 魂録


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80/102

心電図のワルツと、旅立ちの朝

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

現実世界。ある総合病院の個室。 そこには、無数のチューブに繋がれた老女――緒妻初喜が眠っていた。

ピッ、ピッ、ピッ、ピー……。

心電図モニターのリズムが、不規則に乱れ始めている。 その傍らには、歳の頃は40歳代半ば位であろう壮年の男性――緒妻哲人が座っていた。 傍には20歳代半ばにしか見えない若い女性――緒妻哲人の妻である憂が主人である哲人の表情を心配そうに立ち見つめていた……。

「哲ちゃん……」憂は独り言の様に、彼の名前を呼んだ…。

哲人は、痩せ細った祖母の手を握りしめ、祈るように目を閉じていた。

「……祖母ちゃん。頑張れ。……まだ、逝くな」

哲人の声は震えていた。 彼は知っている。祖母の命が、風前の灯火であることを。 そして、彼女の魂が今、自分が創った仮想世界「SAGA SAGA」の中で、最後の輝きを放っていることも。

(じいちゃん……。ばあちゃんを、頼む……)

哲人は、心の中で祖父・哲信(遼司)に呼びかけた。 叶うはずのない願い。 だが、彼は信じていた。 あの世界には、奇跡が起きる余地があると。

***

SAGA SAGA、阿武隈探偵事務所。

八千代は、ベッドから起き上がれなくなっていた。 彼女の身体は、胸から下が完全に「透明化」していた。 布団をかけて隠しているが、その下にはもう、実体が存在しない。

「……おはようございます、局長」

八千代の声は、蚊の鳴くように小さかった。 だが、その瞳だけは、澄み切った青空のように輝いていた。

「ああ。……おはよう」

遼司は、枕元に座り、濡れたタオルで彼女の顔を拭いた。 その感触さえも、希薄になっている。

「……今日は、いい天気ですか?」

「快晴だ。雲ひとつねえ」

「良かった。……洗濯物が、よく乾きますね」

八千代は、ふふっと笑った。 こんな状態になっても、彼女が気にするのは「日常」のことばかりだ。

「……ケン太君は?」

「星と一緒に、買い物に行ってる。……お前の好きなプリンを買ってくるそうだ」

「まあ。……嬉しいです」

八千代は、ゆっくりと瞬きをした。 そのたびに、彼女の輪郭が揺らぐ。

『警告。対象データの残存率、15%を切りました。……魂魄維持システム、限界です。強制ログアウトまで、推定残り24時間』

カインの無慈悲な宣告が、遼司の脳内に響く。 あと一日。 それが、彼女に残された時間の全て。

「……局長」

八千代が、遼司の手を探した。 遼司は、彼女の透き通った手を、両手でしっかりと包み込んだ。

「私……決めました」

「……何をだ?」

「旅立ちの準備です。……いつまでも、ここに留まるわけにはいきませんから」

八千代の言葉に、遼司は息を呑んだ。 彼女は、自分の死を受け入れている。 そして、その先にある「何か」を見据えている。

「私……現実世界むこうに戻ります」

「……なっ!?」

遼司は驚愕した。 SAGA SAGAから現実世界への帰還。 それは、理論上は可能かもしれないが、植物状態の肉体に戻ることは、即ち「死」を受け入れることを意味する。

「なんでだ! ここにいれば、まだ……!」

「いいえ。……私がここにいる限り、この世界は私を維持するために負担を強いられます。……予言者の言っていた通りです」

八千代は、悲しげに微笑んだ。

「それに……哲人君や、憂さんに……最後に『ありがとう』を言いたいんです。……私の、本当の声で」

それは、彼女の最後の願い。 家族への感謝を伝え、人間としての生を全うすること。

「……でも、お前がいなくなったら……俺は……」

遼司の声が震える。 彼女を失う恐怖。再び訪れる孤独。 それが、何よりも怖かった。

「大丈夫です。……私は、消えるわけではありません」

八千代の手が、微かに力を込めた。

「私は、魂だけの存在になって……また、この世界に帰ってきます。……貴方の隣に」

「……え?」

「約束したでしょう? ……骨になろうが、データになろうが、絶対に離さないって」

八千代は、悪戯っぽく笑った。

「だから、少しだけ……里帰りさせてください。……ちゃんとお別れをして、身軽になって……貴方の元へ帰るために」

それは、あまりにも希望に満ちた、そして残酷な決断だった。 一度死んで、魂となって再会する。 その奇跡を信じて、彼女は死地へと向かおうとしている。

「……分かった」

遼司は、涙をこらえて頷いた。

「行ってこい。……そして、必ず帰ってこい」

「はい。……約束です」

その時。 事務所のドアが激しく叩かれた。

「局長! 大変です!」

星とケン太が飛び込んできた。 二人の顔色は真っ青だ。

「どうした!」

「そ、空が……!」

ケン太が指差した窓の外。 アトランティア市の空が、どす黒く変色していた。 そして、その中心に、巨大な**「黒い太陽」**が出現していた。

『解析。……高密度の「死の概念」を検知。あれは、八千代さんの魂を強制回収するためのシステム……「冥府の門」です』

カインの声が緊張する。

「……お迎えが来たってわけか」

遼司は立ち上がった。 八千代を連れて行くなら、静かに送ってやりたい。 だが、あの禍々しい門は、彼女を安らかに迎えるつもりはないようだ。

「行かせねえぞ。……あいつは、俺の嫁だ。乱暴な真似はさせねえ!」

遼司は霊子銃レイシガンを掴んだ。 最後の戦いが始まる。 八千代の魂を、無事に現実世界へ送り出し、そして再び迎え入れるための戦いが。

「八千代。……少しだけ、待ってろ。道を開けてくる」

「……はい。お願いします、あなた」

八千代は、安心したように目を閉じた。 その寝顔は、旅立ちの朝を待つ少女のように、穏やかだった。


この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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