表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】多分、異世界転生もの。  作者: 久遠 魂録


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/102

見習いの焦燥と、錆びた時計塔

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

「よし、掃除完了! 次は買い出し行ってきます!」

朝一番の阿武隈探偵事務所。 ケン太が、自分の体ほどもある大きな買い物袋を抱えて飛び出していった。 その背中は、やる気に満ち溢れすぎていて、見ていて危なっかしい。

「……元気だな、あいつ」

遼司はコーヒーを啜りながら苦笑した。 ケン太が「見習い(バイト)」として加わってから数日。事務所は賑やかになったが、同時に少しだけ騒がしくなった。

「ふふっ。張り切っているんですよ。早く局長の役に立ちたくて」

八千代が、ケン太が磨き上げた窓ガラスを満足そうに眺める。 彼女の指先には、今日もサポーターが巻かれている。 元気な少年と、衰弱していく妻。 その対比が、遼司の胸をチクリと刺す。

その時、事務所の電話が鳴った。

「はい、阿武隈探偵事務所です。……ええ。第10区画の『古時計塔』ですか?」

八千代がメモを取る。 依頼内容は、「時計塔の鐘が鳴らなくなった」というもの。 地味な依頼だが、街のシンボルである時計塔の不調は、住人(NPC)たちの不安を煽っているらしい。

「よし。ケン太が戻ったら行くか」

遼司が腰を上げようとすると、八千代が受話器を押さえて言った。

「あ、局長。……ケン太君なら、さっき『ついでに見てきます!』って、無線で連絡がありました」

「……はぁ? 買い出しのついでにか?」

「はい。『僕一人でも解決できるところを見せたい』って」

「馬鹿野郎! 素人が勝手な真似を!」

遼司は帽子を掴んで立ち上がった。 第10区画の時計塔。あそこは古いエリアだ。 最近の「世界の劣化」の影響を受けやすい場所でもある。

「星! 行くぞ! あの馬鹿弟子を連れ戻す!」

「御意! 買い食い(ドーナツ)の途中でしたが、緊急出動ですね!」

***

第10区画、古時計塔。 赤レンガ造りの塔は、蔦に覆われ、不気味な静けさを湛えていた。 文字盤の針は「10時10分」で止まったまま、ピクリとも動かない。

「……ここが、時計塔か」

ケン太は、買い物袋を入り口に隠し、懐中電灯を片手に塔の中へと足を踏み入れた。

(大丈夫。僕だってやれるんだ。……いつまでも子供扱いされたくない!)

彼は焦っていた。 親友のショウがいなくなり、世界が壊れかけていることを、子供ながらに肌で感じていた。 だからこそ、早く強くなりたかった。 遼司や八千代の役に立つ、「守れる男」になりたかった。

「……なんだ、これ」

塔の内部は、巨大な歯車が複雑に噛み合う機械室になっていた。 だが、その歯車には、ベトベトした「灰色のカビ」のようなものが付着し、回転を阻害していた。

『侵入者……。排除……』

カビが盛り上がり、人の形をとる。 それは、システムのエラーデータが集まってできた**「停滞の亡霊ラグ・ゴースト」**だった。

「わっ……!?」

ケン太はパチンコを構えたが、手が震えてうまく狙えない。 亡霊が、泥のような腕を伸ばしてくる。

「くそっ! 当たれ!」

バシッ! 石が命中するが、亡霊の身体をすり抜けてしまう。 物理攻撃が効かないタイプだ。

「うわああああ!」

ケン太は後ずさり、錆びた手すりに足を引っ掛けて転倒した。 亡霊が覆いかぶさってくる。 時間が、スローモーションのように感じられた。

(……ごめんなさい、師匠。……お姉さん)

ケン太が目を閉じた、その時。

ドゴォォォォン!!

壁が爆砕され、黒い影が飛び込んできた。

「……ったく。手のかかるガキだぜ!」

「師匠!?」

阿武隈遼司だ。 彼は粉塵の中から現れ、右腕カインを亡霊に向けた。

「カイン! 『強制再起動リブート』だ!」

『了解。ショックウェーブ、放ちます』

遼司の右腕から、青白い衝撃波が放たれる。 亡霊は悲鳴を上げ、ノイズとなって霧散した。 さらに、歯車にこびりついていたカビも、衝撃波によって剥がれ落ちていく。

ギギギ……ガシャン。

止まっていた歯車が、重々しい音を立てて回り始めた。 時計塔が、息を吹き返す。

「……た、助かった……」

ケン太がへたり込むと、遼司が歩み寄ってきた。 そして、無言で拳骨を落とした。

ゴチン!

「いったぁぁぁ!」

「痛えか? なら生きてる証拠だ」

遼司は、ケン太の胸ぐらを掴んで立たせた。

「いいか、ボウズ。……功を焦るな」

遼司の目は、いつになく真剣だった。

「お前が早く大人になりたいのは分かる。……だがな、時間をショートカットしようとする奴は、ろくな死に方しねえぞ」

それは、かつて「生き急いで」病に倒れた、遼司自身の後悔からの言葉だった。 そして、「永遠」を売る刻屋や、世界を「早送り」で終わらせようとする予言者への怒りでもあった。

「一歩ずつだ。……泥臭くても、遠回りでもいい。今日できることを、確実にやれ」

遼司は、ケン太の背中についた埃を払った。

「お前には、まだたっぷりと時間があるんだ。……俺たちとは違ってな」

その言葉の裏にある意味を、ケン太はまだ理解できなかったかもしれない。 だが、師匠の「重み」だけは、痛いほど伝わってきた。

「……はい。ごめんなさい」

ケン太が頭を下げると、星が窓から飛び込んできた。

「局長! 周辺の敵性反応、クリアです! ……おや、説教は終わりましたか?」

「ああ。帰るぞ」

遼司は、動き出した歯車を見上げた。 カチリ、カチリと、時を刻む音が響く。 それは、世界の寿命を削る音かもしれない。 だが同時に、今この瞬間を生きている証でもある。

「……ケン太。荷物持て」

「え?」

「買い出しの荷物だよ。……今日の晩飯は、お前が皮剥き担当だ」

「……うん! 任せて!」

ケン太は涙を拭い、隠しておいた買い物袋を抱えた。 その足取りは、来る時よりも少しだけ重く、けれどもしっかりと地面を踏みしめていた。

夕暮れの街に、時計塔の鐘が鳴り響く。 ゴーン、ゴーン。 その音は、探偵事務所で待つ八千代にも届いただろうか。

遼司は、空を見上げて小さく息を吐いた。 まだ、時間は残されている。 この弟子を一人前にするくらいの間は、世界を持たせてみせる。

(……頼むぜ、神様。もう少しだけ、猶予をくれよ)

三人の影が、長く伸びて重なった。 それは、不格好だが温かい、新しい「家族」の形だった。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ★★★ブクマ・ポイント評価お願い致します!★★★


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ