最終ページと、郵便屋の落書き
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
目の前に広がる映像は、絶望そのものだった。
SAGA SAGAの空が落ち、大地が割れ、すべてがノイズの海に沈んでいく未来。 そして、その中心で、八千代が――いや、八千代だったデータの残骸が、永遠に終わらない苦痛に顔を歪めている姿。
「これが、貴方たちが『延命』を選択した先に待つ結末です」
予言者は、巨大な黒い本を閉じた。 パタン、という乾いた音が、遼司の心臓を叩く。
「この世界のシステムは、既に限界を迎えている。無理に動かし続ければ、魂魄データは破損し、死ぬことさえできない『バグ』となって永遠に彷徨うことになる」
予言者は、遼司たちに手を差し伸べた。
「だから、今終わらせるのです。綺麗な思い出のまま。……それが、創造主(哲人)への敬意であり、最大の慈悲だと思いませんか?」
論理的で、残酷な真実。 右腕のカインでさえ、沈黙している。 彼の演算もまた、「システムダウン(安楽死)」が最も合理的であると弾き出してしまったからだ。
「……ふざけんな」
遼司の低い声が響いた。
「バグだらけの未来? 苦痛に満ちた結末? ……だから何だ!」
遼司は一歩、前に踏み出した。
「俺たちが生きてるのは、綺麗な『最終回』を迎えるためじゃねえ! ……今日という一日を、泥だらけになっても笑って過ごすためだ!」
「愚かな……。その感情論が、彼女を苦しめるのだと言っているのに!」
予言者が手を振るうと、黒い本から無数の鎖が飛び出した。 「因果の鎖」。 定められた運命で縛り付け、強制的に結末へと引きずり込む概念武装。
「させません!」 星が前に出て、日本刀で鎖を弾く。 だが、鎖は無限に湧き出し、星の四肢を絡め取る。
「ぐぅっ……! 重い……! これが、世界の……寿命の重さ……!」
「星!」
八千代が駆け寄ろうとするが、彼女の足元からも鎖が伸び、その身体を拘束した。
「いや……! 放して!」
「無駄ですよ。貴女はもう、この世界の『生贄』だ」
予言者は、身動きの取れない遼司を見下ろした。
「さあ、探偵さん。……貴方だけは見逃してあげましょう。貴方は所詮、外部から来た異物。この世界の運命に殉じる義理はない」
「……義理ならあるさ」
遼司は、右腕を構えた。 鎖が右腕に絡みつくが、遼司は構わず出力を上げる。
「俺は、あいつ(哲人)のじいちゃんで……こいつ(八千代)の夫だ。……家族の運命を背負うのに、理屈なんかいらねえんだよ!」
『警告。出力限界突破。……兄さん、右腕が自壊します』
「壊れてもいい! ……カイン、俺に『ペン』を貸せ!」
『……ペン?』
「ああ。……あのクソったれなシナリオを、書き直すためのペンだ!」
遼司の意志に応え、カインの右腕が変形した。 パイルバンカーの先端が鋭く尖り、青白い光のインク(エネルギー)を帯びる。
「うおおおおおッ!!」
遼司は鎖を引きちぎり、予言者に向かって突進した。
「馬鹿な! 因果を物理的に切断しただと!?」
「運命なんざ、知ったことかぁぁぁ!!」
遼司は予言者の防御障壁をぶち抜き、その背後に浮かぶ「黒い本」へと肉薄した。
「やめろ! それに触れれば、貴方の存在ごと消滅するぞ!」
「上等だ! ……俺の『苦情』を、しっかりと刻んでやる!」
遼司は、光り輝く右腕を、黒い本の表紙に突き立てた。 破壊するのではない。 「書く」のだ。
ガリガリガリガリッ!!
激しいスパークが散る。 世界の設計図に、異物が無理やり介入する衝撃で、禁書庫全体が激震する。
遼司が刻んだのは、たった三文字。
黒い本に浮かび上がっていた『THE END』の文字の上に、バッテンをつけて。 その横に、下手くそな字で、こう書き殴った。
『つづく』
「な……!?」
予言者が絶句した瞬間。 黒い本から溢れ出していた「終わりの光」が、逆流を始めた。
「終わりじゃねえ! ……俺たちの毎日は、まだまだ『配達途中』だ!」
遼司が右腕を振り抜くと、黒い本は光の粒子となって霧散した。 同時に、星と八千代を縛っていた鎖も消滅する。
「……あり得ない。確定した未来を、個人の意志で覆すなど……」
予言者の身体が、ノイズとなって揺らぎ始めた。 拠り所としていた「運命」を否定され、彼の存在定義が崩壊しつつあるのだ。
「……阿武隈遼司。貴方は、パンドラの箱を開けた。……この先に待つのは、希望か、それとも更なる絶望か」
予言者は、憎々しげに、しかしどこか満足げに笑った。
「見せてもらいましょう。……貴方たちが描く『続き』を」
予言者は霧となって消え失せた。 禁書庫の無限の書架もまた、幻のように消え去り、遼司たちはただの地下室に立っていた。
「……はぁ、はぁ……」
遼司は右腕を押さえて膝をついた。 カインの光は消え、黒い義手からは煙が上がっている。
「局長!」 「あなた!」
星と八千代が駆け寄る。
「……へへっ。ちょっと、乱暴な書き方しちまったな」
遼司は八千代を見上げた。 彼女の身体は、まだそこにある。 消えていない。
「……良かった。まだ、『つづく』みたいだ」
八千代は、涙を流しながら遼司を抱きしめた。
「はい……。続きます。……貴方が、続けてくれました」
星も、安堵の息をついて天井を見上げた。
「世界の寿命を、落書きで延ばすなんて……。アストレアの神話にもない、デタラメな奇跡です」
遼司たちは、互いに支え合いながら、地上への階段を登った。
外に出ると、朝日が昇っていた。 アトランティア市の街並みは、昨日の「空白」が嘘のように、元通りに修復されていた。 人々の記憶も、生活も、戻っている。
だが、遼司は知っていた。 これは「解決」ではない。 ただ、「先送り」にしただけだ。 世界の寿命も、八千代の期限も、消えたわけではない。
それでも。 今日という一日が、また始まる。 それだけで、今は十分だった。
「……帰ろう。腹減った」
「はい。……今日は、最高に美味しい朝ごはんを作りましょう」
三人の影が、朝日に長く伸びる。 その影は、昨日よりも少しだけ濃く、力強く大地に刻まれていた。
郵便局員の仕事は終わらない。 彼らの物語は、まだ「つづく」のだから。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




