虫食いの地図と、強制執行
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……おい。ここには、何があった?」
アトランティア市、第18区画。
遼司は、目の前に広がる光景に呆然と立ち尽くしていた。
そこは、昨日まで活気ある商店街だった場所だ。
八百屋があり、肉屋があり、元気な掛け声が飛び交っていたはずの場所。
だが今、そこには**「何もない」**。
瓦礫の山ですらない。
建物も、道路も、そこにあったはずの空間ごと、真っ白な「空白」に置き換わっていた。
まるで、地図の上から消しゴムで消されたように。
「……分かりません」
隣に立つ早乙女星が、震える声で答えた。
「私の記憶にも……ここがどんな景色だったか、思い出せないんです。まるで、最初から何もなかったように……」
『警告。対象エリアのデータ消失を確認。……さらに、周辺NPCの記憶領域からも、当該エリアに関するリンクが強制削除されています』
右腕のカインが、冷徹な事実を告げる。
「記憶まで消されたってのか……」
通りを行き交うNPCたちは、この巨大な空白に気づいてすらいない。
不自然に途切れた道路を避けて、まるでそこが最初から「通行止め」だったかのように、無関心に歩き去っていく。
「ふざけやがって……。これが『内側からの崩壊』かよ」
その時。
空白の中心に、ノイズ混じりのホログラム映像が浮かび上がった。
ボロボロのコートを着た男――「予言者」だ。
『おはようございます、アトランティアの諸君。……そして、探偵さん』
予言者の声は、街中のモニターをジャックして響き渡った。
『本日より、SAGA SAGAの「延命措置」を本格的に開始します。……老朽化したシステムを維持するため、重要度の低い区画から順次、削除を実行します』
「……てめえ!」
遼司が霊子銃を向けるが、ホログラムには当たらない。
『恨まないでください。これはトリアージ(選別)です。……壊死した手足を切り落とさなければ、本体(世界)が死んでしまう。貴方なら理解できるでしょう?』
「理解なんざするか! ……そこには、生活があったんだぞ!」
『生活? ……いいえ、それはただの「重荷」です』
予言者は、地図を表示した。
アトランティア市のあちこちに、赤い×印が付けられている。
『次は、第20区画の住宅地。そして第5区画の水上庭園。……順次、削除していきます。世界の容量が、適正値に戻るまで』
「やめろッ!!」
『止めたければ、私を見つけなさい。……もっとも、貴方たちにその時間があるかは分かりませんが』
ホログラムが消えると同時に、遠くでサイレンのような警報音が鳴り響いた。
次の削除対象エリア――第20区画だ。
「行くぞ、星! ……これ以上、勝手な真似はさせねえ!」
遼司はダッジバンに飛び乗った。
星もすぐに続く。
***
第20区画。
そこは、遼司たちが以前(第39話)救った「天王寺家」が住むサザンクロス団地の近くだ。
「排除。……排除。……」
上空に、無数の黒い直方体――**「執行者」**が浮遊していた。
前回のクリーナーとは比較にならない、戦闘用削除プログラムだ。
それらが放つ赤いレーザーが、住宅地をスキャンし、触れた建物を次々と「空白」に変えていく。
「キャアアアア! 家が! 私の家が!」
「お父さん! どこ!?」
住人たちが逃げ惑う。
彼らの記憶までは、まだ消去されていないようだ。
「……させるかよ!」
遼司は、走行中のダッジバンから飛び降りた。
右腕を展開する。
「カイン! 対空砲火だ! あの四角い積み木を撃ち落とせ!」
『了解。……ターゲット多数。弾幕展開!』
遼司の右腕が変形し、ガトリングガンのような形状になる。
放たれるのは、物理的な弾丸ではなく、削除コードを中和する「復元パッチ」の光弾だ。
ズガガガガガッ!!
光弾を受けた執行者たちが、バグを起こして墜落する。
だが、数が多すぎる。
空を埋め尽くすほどの黒い箱が、無慈悲に「削除」を執行し続ける。
「天秤流・千本桜!」
星が屋根の上を駆け抜け、神気の刃で執行者を切り刻む。
「キリがありません! このままでは、街ごと消されます!」
「くそっ……! 本体はどこだ!」
遼司が叫んだその時。
通信機から、八千代の苦しげな声が聞こえた。
『きょ……局長……』
「八千代!? どうした!?」
『……聞こえるんです。……世界の、悲鳴が……』
阿武隈探偵事務所。
八千代は、胸を押さえて床にうずくまっていた。
彼女の身体が、かつてないほど激しく明滅している。
『痛い……。身体が、削られていくみたい……』
現実世界の八千代(初喜)の心電図モニターの音が、ノイズ混じりに遼司の耳に届く。
ピッ、ピッ、ピッ、ピー……。
世界のデータが削除されるたび、世界とリンクしている八千代の魂もまた、その一部を削り取られているのだ。
「……ッ!!」
遼司は理解した。
予言者の狙いは、単なる容量確保ではない。
世界を削ることで、八千代を追い詰め、殺そうとしているのだ。
「おのれぇぇぇぇッ!!」
遼司の怒りが爆発した。
右腕のリミッターが強制解除される。
「カイン! 全エネルギーを右腕に回せ! ……あの空の『バカでかい穴』を、無理やり塞ぐ!」
『警告。それは自殺行為です。……ですが、止めても無駄ですね』
カインが諦めたように出力を上げる。
遼司の右腕が、太陽のように輝き始めた。
「星! 俺をあそこまで投げろ!」
「はい!?」
「いいからやれ! ……俺が、このふざけた『断捨離』を終わらせてやる!」
星は一瞬躊躇したが、遼司の目を見て覚悟を決めた。
彼女は神気を纏い、遼司の背中を全力で押し出した。
「行ってください! 局長ォォォッ!!」
ドォォォン!!
遼司は人間砲弾となって空へ舞い上がった。
目指すは、執行者たちが湧き出してくる空間の裂け目。
「消えてたまるかよ! 俺たちの思い出も! 生活も! 八千代の命も!」
遼司は、輝く右拳を裂け目に叩き込んだ。
「『更新停止』!!」
物理的な打撃ではない。
カインの演算能力を使った、システムへの強制割り込み。
削除プロセスそのものを、力技で一時停止させる。
キィィィィィン……!!
空間がきしみ、悲鳴を上げる。
執行者たちの動きが、ピタリと止まった。
「……はぁ、はぁ……。どうだ、思い知ったか……」
遼司は空中で力尽き、落下した。
それを、星が空中でキャッチし、地上へと降り立つ。
「局長!」
「……へへっ。少しは、静かになったか?」
上空の執行者たちは、活動を停止し、そのまま光の粒子となって消えていった。
第20区画の半分は「空白」になってしまったが、残りの半分は守られた。
だが、代償は大きかった。
遼司の右腕は黒く焦げ付き、煙を上げている。
そして通信の向こうで、八千代の荒い呼吸が続いていた。
『……局長。……ありがとうございます。……痛みが、引きました』
「……そうか。なら、いい」
遼司は、空白になってしまった街並みを見つめた。
そこにあったはずの家、公園、思い出。
それらはもう、二度と戻らない。
「……予言者。絶対に許さねえ」
遼司は、焦げた右腕を握りしめた。
これは、まだ序章に過ぎない。
世界と、八千代の命を懸けた、残酷な「引き算」の戦いが始まったのだ。
(つづく)
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




