迷子センターの憂鬱と、帰ってきたオルゴール
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「ない! ないないない!」
朝の阿武隈探偵事務所に、早乙女星の絶叫が響き渡った。
彼女は冷蔵庫の前で頭を抱え、床を転げ回っている。
「どうした、星。……また体重が増えたか?」
遼司がコーヒーを啜りながら尋ねる。
「違います! 私の『一週間熟成・至高のプリン』が消えたんです! ちゃんと名前も書いておいたのに!」
「……誰かが食ったんだろ」
「いいえ! 事務所のセキュリティログを確認しました。誰も冷蔵庫を開けていません。……プリンは、密室の中から『神隠し』に遭ったのです!」
大袈裟な、と遼司は笑おうとしたが、ふと自分のデスクを見て固まった。
「……あれ?」
愛用のライターがない。
昨日、確かにここに置いたはずの、オイルライターが消えている。
『報告。市内の「物質消失率」が急上昇しています。財布、鍵、記念品……。生活に密着した小物データが、ランダムに座標ロストしています』
右腕のカインが、深刻なトーンで告げた。
「……ただの泥棒騒ぎじゃなさそうだな」
八千代も、エプロンのポケットを探りながら不安げな顔をした。
「私のお気に入りのハンカチも……見当たりません」
***
アトランティア市の地下深く。
一般NPCには認知できないシステム領域に、その施設はあった。
「SAGA統合遺失物管理センター」。
遼司たちがカインのハッキングで潜入すると、そこはゴミ屋敷……いや、「思い出の墓場」と化していた。
広大なホールに、無数の物体が山のように積み上げられている。
傘、帽子、ぬいぐるみ、手紙、そして星のプリン。
街から消えた「落とし物」たちが、ここに転送されていたのだ。
「うわぁ……。これが全部、バグで消えた物ですか?」
星が呆然と見上げる。
『肯定。世界のメモリ容量が圧迫されたため、システムが自動的に「優先度の低いオブジェクト」を回収・圧縮しているようです』
カインの説明に、遼司は顔をしかめた。
「優先度が低いだと? ……ふざけるな。持ち主にとっては、どれも大事な宝物だろ」
遼司は、山の麓に落ちていた古びた野球ボールを拾い上げた。
誰かが使い込み、縫い目が解けたボール。
システムにとってはゴミでも、そこには確かな「愛着」が宿っている。
「排除。……排除。……容量確保ノタメ、一斉削除ヲ開始シマス」
その時、山の頂上から無機質な声が響いた。
現れたのは、巨大な掃除機のような姿をした自律型プログラム――**「クリーナー」**だ。
クリーナーの吸引口が開き、猛烈な勢いで「落とし物」たちを吸い込み始める。
吸い込まれた物は、光の粒子となって消滅していく。
「ああっ! 私のプリンが!」
星が悲鳴を上げる。
「待て! 勝手に人のもん捨ててんじゃねえ!」
遼司が叫ぶが、クリーナーは止まらない。
『警告。管理者権限ニヨリ、コノ領域ノ「断捨離」ヲ実行中。……邪魔スル者ハ、ゴミト共ニ処分シマス』
クリーナーのアームが変形し、高圧洗浄レーザーが遼司たちを狙う。
「ちっ……! 掃除好きも大概にしやがれ!」
遼司は右腕を展開した。
「カイン! パワー全開だ! あの掃除機をぶっ壊す!」
『了解。……ただし、周囲の物品を巻き込まないよう、精密打撃を推奨します』
「注文が多いな!」
遼司は瓦礫の山を駆け上がり、クリーナーの懐に飛び込んだ。
レーザーが遼司の髪を焦がすが、構わず右拳を叩き込む。
「返せ! それは俺たちの『生活』だ!」
ドガァッ!!
クリーナーの装甲が凹む。
だが、相手はシステム管理用の重機だ。簡単には止まらない。
アームが振り回され、遼司は弾き飛ばされた。
「局長! 加勢します!」
星が日本刀を抜く。
「待て、星! 刀じゃ周りの物を切っちまう!」
遼司は、崩れた山の中から「ある物」を見つけた。
それは、古びた木箱のような機械。
(……これ、まさか)
遼司の脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。
現世で、妻・初喜(八千代)が大切にしていた、アンティークのオルゴール。
70年前、生活費のために質に入れようとして、初喜に泣いて止められた品だ。
なぜ、こんな物がここにある?
哲人が……孫が、記憶を頼りに再現していたのか?
『排除! 排除!』
クリーナーが、そのオルゴールを吸い込もうとノズルを向ける。
「……させるかよ!」
遼司は、自分の身体を盾にしてオルゴールを庇った。
強烈な吸引力が、遼司の背中を引っ張る。
「ぐぅぅぅ……! 絶対に、渡さねえ……!」
それはただのデータだ。
失っても、世界が終わるわけじゃない。
だが、それを失えば、八千代との「思い出」がまた一つ消えてしまう気がした。
「カイン! ……同調しろ!」
『……非効率です。ですが、承認します』
遼司の右腕が、黄金に輝く。
カインの演算能力と、遼司の情念が融合する。
「お前らに、思い出の重さが分かってたまるかぁぁぁ!!」
遼司は右腕を地面に突き刺した。
「強制固定・改」。
物理的な楔を打ち込み、空間そのものを固定する。
ズドォォォォォン!!
衝撃波が走り、クリーナーの吸引機能が強制停止した。
過負荷に耐えきれず、クリーナーはショートして沈黙する。
「……はぁ、はぁ。……止まったか」
遼司は、腕の中に抱えたオルゴールを確認した。
傷一つない。
「……よかった」
***
事務所に戻った遼司は、八千代にオルゴールを差し出した。
「……これ」
八千代は、目を見開いて息を呑んだ。
「これ……昔、家にあった……」
「ああ。迷子センターで見つけた。……哲人の奴、こんなもんまで作ってやがった」
八千代は、震える手でオルゴールのネジを巻いた。
ジジジ……と錆びついた音がして、やがて懐かしいメロディが流れ出した。
曲は『大きな古時計』。
ポロン、ポロンと響く優しい音色に、八千代の目から涙がこぼれた。
「……懐かしい。本当に、懐かしい音……」
「……質屋に入れなくてよかったな」
遼司が照れくさそうに言うと、八千代は泣き笑いのような顔で頷いた。
「ええ。……守ってくれて、ありがとうございます」
星は、無事に取り戻したプリンを嬉しそうに食べている。
「やっぱり、熟成された味は格別ですね!」
平和な夕暮れ。
オルゴールの音色が、事務所を優しく包み込む。
だが、遼司の心には、カインの言葉が引っかかっていた。
『世界のメモリ容量が圧迫されている』。
それは、SAGA SAGAという世界が、これ以上の「思い出」を抱えきれなくなっているという警告だ。
思い出を守れば、世界が重くなる。
世界を軽くするには、思い出を捨てなければならない。
(……残酷なシステムだな)
遼司は、オルゴールを聴き入る八千代の横顔を見つめた。
彼女の命も、この世界にとっては「重すぎるデータ」なのだろうか。
「……それでも、俺は守るぞ」
遼司は心の中で呟いた。
どんなに世界が軋もうとも、この小さなオルゴールの音色だけは、絶やさないと。
時計の針は進む。
チクタク、チクタクと。
終わりの時へ向かって、正確に、残酷に。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




