禁書庫の怪人と、世界の寿命
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……八千代の容体は?」
地下のSGMA中枢。
モニターの明かりだけが灯る薄暗い部屋で、遼司が低い声で尋ねた。
「安定しています。……今は」
佐伯智春が、キーボードを叩く手を止めずに答える。
その表情は険しい。
「ですが、彼女の魂魄データと現実世界(本体)とのリンク強度は、日を追うごとに低下しています。昨夜の発作は、その『接続不良』が引き起こしたシステムエラーです」
「……原因は?」
「老朽化……と言えば聞こえはいいですが」
佐伯は眼鏡の位置を直した。
「根本的な問題は、このSAGA SAGAという世界そのものにあります。創造主である緒妻哲人氏が、この世界を構築してから数十年……。現実世界の哲人氏もまた、歳を重ね、変化しています」
現実の哲人は、もう若者ではない。
彼が夢見た「愛と正義の理想郷」もまた、創造主の老いと共に、その輝きを失いつつあるのかもしれない。
「世界が古びていくから、八千代も道連れにされるってのか?」
「逆です。八千代さんが……『世界の寿命』を知らせるカナリアになっているのです」
佐伯がモニターに一枚の地図を表示した。
アトランティア市の中央にある、巨大な図書館――「SAGA中央図書館」。
「例の『予言者』の信号を逆探知しました。奴は今、この図書館の地下……一般アクセスが禁止されている『禁書庫』に潜伏しています」
「図書館だと?」
「はい。そこには、この世界の設計図の原本が眠っています。……奴は、そこから何かを『書き換えよう』としているのかもしれません」
「……上等だ」
遼司は拳を鳴らした。
八千代を苦しめ、世界を脅かす元凶。
ここで叩き潰す。
「行くぞ、星! ……カイン、全力で行くから覚悟しとけ!」
『了解。……戦闘モード、スタンバイ。推奨装備:対概念武装。……兄さん、あまり熱くなりすぎないでくださいね』
***
SAGA中央図書館。
そこは、天井まで届く本棚が迷路のように入り組んだ、知の迷宮だった。
「……静かね」
早乙女星が、日本刀の柄に手をかけて囁く。
館内には、人の気配がない。
ただ、紙魚が這うような、カサカサという微かな音だけが響いている。
「地下だ。……カイン、案内しろ」
『直進50メートル、右手の隠し扉。……その先は、論理深度が異なります。精神汚染に注意してください』
遼司たちが隠し扉を抜けると、空気の色が変わった。
セピア色の空間。
宙に浮く無数の本。
そこは、忘れ去られた情報の墓場だった。
「ようこそ。……探偵さん」
本の山の上で、男が本を読んでいた。
ボロボロのコート。異様にぎらつく目。
「予言者」だ。
「てめえ……。ここで何をしてやがる」
遼司が霊子銃を向ける。
「歴史の勉強ですよ。……この世界が、いかにして生まれ、いかにして死ぬべきかというね」
予言者は、読んでいた本をパタンと閉じた。
その表紙には、『SAGA SAGA設計論』と書かれている。
「阿武隈遼司。貴方は勘違いしている。私は、この世界を壊したいわけじゃない」
予言者は、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「私は『免疫』なんですよ。……老いて、バグだらけになり、維持するだけで苦痛を生むようになったこの世界を、安らかに終わらせてあげるためのね」
「……何?」
「貴方の奥様を見れば分かるでしょう? 彼女はもう、存在しているだけでエラーを吐き出している。……それは、この世界が彼女という『異物』を支えきれなくなっている証拠だ」
予言者の言葉が、遼司の痛いところを突く。
「彼女を救う方法は一つしかない。……この世界ごとシステムをシャットダウンし、彼女の魂を『無』に還してあげることだ。そうすれば、苦しみも消える」
「……ふざけるな」
遼司の右腕が、赤く発光した。
「勝手に終わらせんじゃねえ! 俺たちはまだ、生きてるんだ! 飯も美味いし、コーヒーも温かい! ……終わってなんかねえよ!」
「それが『執着』だと言うのです。……哀れなホムンクルスよ」
予言者が指を鳴らすと、周囲の本棚が変形し、巨大な紙の怪物――「検閲官」となって襲いかかってきた。
「排除。排除。……不適切なデータヲ、削除シマス」
「邪魔だッ!」
遼司が殴りかかる。
右腕のパイルバンカーが、紙の怪物を粉砕する。
星も舞うように斬り込み、怪物を紙吹雪に変える。
だが、怪物は無限に再生する。
この場所にある膨大な「知識」そのものが、彼らの敵なのだ。
「無駄ですよ。ここは世界の記憶そのもの。……貴方たちが足掻けば足掻くほど、世界の寿命は縮まる」
予言者は、高みから見下ろして冷笑する。
「八千代さんにも伝えておいてください。……『終わりの鐘』は、もう鳴り始めていると」
「待てッ!!」
遼司が予言者に飛びかかろうとした瞬間、足元の床が抜け落ちた。
「うわあああッ!?」
強制排出プログラム。
遼司と星は、地下の暗闇へと吸い込まれ――気づけば、図書館の外の植え込みに放り出されていた。
「……くそっ! 逃げられたか!」
遼司は地面を叩いた。
予言者の正体、そして目的。
それは単なる愉快犯ではなく、この世界の根幹に関わる「システム的な意志」である可能性が高い。
『……兄さん。今の戦闘で、八千代さんのバイタルに共鳴反応がありました。……予言者の言う通り、彼女とこの世界の運命は、リンクしているようです』
カインの報告に、遼司は血の気が引く思いだった。
世界を守れば八千代が苦しみ、八千代を守ろうとすれば世界が歪む。
そんな理不尽な天秤が、どこにあるというのか。
「……帰るぞ」
遼司は立ち上がった。
服についた泥を払い、無理やり笑みを作った。
「どんな予言だろうが、知ったことか。……俺は、八千代のところに帰る。それだけだ」
星が無言で頷く。
彼女もまた、神としてではなく「家族」として、この理不尽に抗う覚悟を決めている。
事務所に戻ると、八千代は目を覚ましていた。
ベッドの上で、窓の外を見上げている。
「……おかえりなさい、局長」
「ああ。……気分はどうだ?」
「ええ。……なんだか、遠くで鐘の音が聞こえた気がして」
八千代の言葉に、遼司はドキリとした。
終わりの鐘。
予言者の言葉が、彼女にも届いているのか。
「……気のせいだよ。腹減ったろ? 何か作るか」
「いいえ。……今日は、貴方の顔を見ていたいです」
八千代は、遼司の手を握った。
その手は、相変わらず冷たい。
だが、その握り返す力は、以前よりも強くなっている気がした。
「……分かった。ずっと、ここにいる」
遼司は椅子の背にもたれ、八千代の手を握り続けた。
夜が更けていく。
図書館の地下で回る「終わりのカウントダウン」に耳を塞ぎながら、二人はただ、静かな時間を分け合っていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




