神を騙る詐欺師と、命の値段
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……また、ですか」
早乙女星が、探偵事務所の窓から外を覗いて呟いた。
事務所の前には、数人のNPCが集まっている。
彼らは皆、不安そうな顔で、何かを訴えかけていた。
「どうやら、『奇跡の巫女』の噂を聞きつけてきたようですね」
八千代のことだ。
先日のスライム撃退時、彼女が放った強烈な光を目撃した者たちが、彼女を救世主のように崇め始めているのだ。
「……追い返してくる」
遼司は不機嫌そうに立ち上がった。
八千代は今、奥の部屋で休んでいる。
「魂の欠片」の副作用で、身体が熱を持ち続けているため、絶対安静の状態だ。
「お待ちください、局長。……彼らが持っているビラ、見てください」
星が指差した先。
NPCたちが握りしめているビラには、こう書かれていた。
『救済の時は近い。神の力を持つ巫女を捧げよ。さすれば、全ての病は癒え、死者は蘇る』
そして、その下には見覚えのあるシンボルマーク。
「新しき教団」のものだ。
「……あいつら、まだ懲りてなかったのか」
遼司の目が据わった。
八千代を狙っている。それだけで、万死に値する。
『解析。ビラに付着した微弱なデータ痕跡から、発信源を特定。……第44区画のさらに地下、「旧下水道処理場」です』
カインが即座に座標を弾き出す。
「上等だ。……今度こそ、根絶やしにしてやる」
遼司は星に目配せをした。
「八千代を頼む。俺一人で行く」
「局長! お一人では危険です!」
「いや。……これは俺の『家族』の問題だ。俺の手でケリをつける」
遼司は霊子銃を懐に入れ、裏口から飛び出した。
***
旧下水道処理場。
そこは、悪臭と湿気に満ちた、地下迷宮だった。
「……出てこいよ。隠れても無駄だぜ」
遼司が足音を響かせながら進むと、暗闇から無数の赤い目が光った。
教団員たちだ。だが、以前の弱々しい連中とは様子が違う。
彼らの身体は異形化し、半人半獣のような姿になっている。
「キキキ……! 来たな、冒涜者め!」
教団のリーダー格の男――以前、遼司にシメられた男だ――が、巨大な鎌を持って現れた。
その身体は、不気味な黒い鎧(楔の集合体)で覆われている。
「我々は進化したのだ! あの『予言者』様から授かった力でな!」
「予言者……だと?」
「そうだ! 彼は言った。『神の力を持つ女』を手に入れれば、我々は真の神になれると! さあ、阿武隈遼司! 貴様の妻を差し出せ!」
リーダーが鎌を振り上げる。
「……断る」
遼司は、静かに右腕を構えた。
「俺の妻は、神の生贄なんかじゃねえ。……俺の、たった一人の『お姫様』だ」
「ならば死ねぇぇぇ!!」
教団員たちが一斉に襲いかかってくる。
だが、遼司は動じない。
『戦闘モード起動。……リミッター解除。殲滅しますか?』
「ああ。……手加減はいらねえ」
遼司の右腕が、赤く発光した。
カインの全力出力。
「うおおおおッ!!」
遼司の拳が、空気を切り裂く。
一撃で異形の鎧を粉砕し、吹き飛ばす。
霊子銃の早撃ちが、正確無比に急所を撃ち抜く。
「な、なんだその強さは……!? 人間のレベルじゃない!」
「当たり前だ。……俺は、地獄から帰ってきた『郵便局員』だからな!」
遼司は、圧倒的な力で教団員たちを蹴散らしていく。
だが、その心の中には、冷たい怒りが渦巻いていた。
(予言者……。あいつが裏で糸を引いていたのか)
八千代を狙い、教団を扇動し、この世界を混乱させようとする黒幕。
許せない。
「ひぃぃぃ! た、助けてくれぇぇ!」
最後の一人となったリーダーが、這いつくばって逃げようとする。
遼司はその背中を踏みつけた。
「……予言者はどこだ」
「し、知らない! あの方は、突然現れて、力をくれて……消えたんだ!」
「……そうか」
遼司は、リーダーの鎌を拾い上げ、真っ二つにへし折った。
「いいか。次に八千代の名前を口にしてみろ。……その時は、俺が直接『地獄への案内状』を届けてやる」
リーダーは恐怖で失禁し、気絶した。
遼司は、静まり返った地下施設を見渡した。
敵は排除した。
だが、不安は消えない。
予言者の狙いが八千代である以上、彼女に安息の日々は訪れないのか。
『……兄さん。帰還を推奨します。八千代さんのバイタルに、微細な変動を検知しました』
カインの報告に、遼司は弾かれたように走り出した。
***
事務所に戻ると、八千代はベッドで眠っていた。
星が付ききりで看病している。
「……どうだ?」
「熱は下がりましたが……時折、うわ言を」
星が心配そうに言う。
「『ごめんなさい』とか、『私を消して』とか……」
遼司は八千代の手を握った。
その手は、以前よりもさらに熱くなっていた。
魂の欠片が暴走し、彼女の精神を蝕み始めているのかもしれない。
「……八千代。俺がついてる」
遼司は、祈るように彼女の手を額に当てた。
「誰にも渡さない。神様にも、悪魔にも。……お前は、俺が守り抜く」
その時、八千代の目がうっすらと開いた。
「……局長?」
「ああ。俺だ」
「……私、怖い夢を見ました。……私が、世界を壊してしまう夢を」
八千代の瞳から、涙がこぼれる。
「大丈夫だ。夢だよ」
遼司は優しく涙を拭った。
「世界なんて壊れねえよ。……俺たちが、毎日コーヒー飲んで、笑って暮らしてる限りはな」
遼司の言葉に、八千代は小さく頷き、再び眠りについた。
窓の外では、不穏な雲が広がり始めていた。
予言者の影。教団の暴走。そして、八千代の身体に宿る危険な光。
全てが、破局へと向かっているような気がした。
だが、遼司は諦めない。
砂時計の砂が落ちきるその瞬間まで、彼は戦い続けるだろう。
愛する妻と、この世界を守るために。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




