神々の墓標と、命の欠片
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
第2層、最深部「封印の谷」。
そこは、SAGA SAGAのきらびやかな表層とは対極にある、死と静寂の世界だった。
見渡す限りの荒野。
地面には、朽ち果てた巨大な剣や、半分埋もれた石像の顔――かつて「神」と呼ばれた存在の残骸が、墓標のように突き刺さっている。
「……ひどい場所ですね。神気が腐敗して、淀んでいます」
早乙女星が、顔をしかめて鼻を覆った。
彼女のような清廉な神格を持つ者にとって、この場所の空気は猛毒に等しい。
「無理はするな、星。……ヤバくなったら、すぐに退がれ」
遼司は、右腕をかざして周囲を警戒しながら進む。
カインのセンサーが、絶えず警告音を鳴らしている。
『警告。周囲の空間線量、致死レベル。……ここにあるのは、システムに還ることも、消滅することも許されなかった「怨念」のデータです』
「ああ。……だからこそ、ここに『命の欠片』があるんだろ?」
佐伯がタブレットを操作しながら答える。
「はい。怨念が凝縮する過程で、その核となる純粋なエネルギー結晶が生成されます。それが『魂の欠片』。……いわば、神々の命の燃えカスです」
「燃えカス上等だ。……八千代を照らす灯りになるなら、何だって拾ってやる」
遼司は足早に進んだ。
谷の奥、黒い霧が渦巻く中心部に、微かに青白く輝く光が見える。
あれだ。
だが、墓場を荒らす者を、亡者たちが許すはずもなかった。
ズズズ……。
地面が揺れ、朽ちた石像たちが動き出す。
首のない天使、翼の折れたドラゴン、泥にまみれた英雄。
それらが一斉に、虚ろな眼窩を遼司たちに向けた。
『侵入者……。光ヲ……寄越セ……』
「……チッ。やっぱりタダじゃ通してくれねえか」
遼司は霊子銃を抜いた。
「星! 佐伯! 道を開けるぞ!」
「御意! 天秤流・破邪顕正!」
星が神気を纏った斬撃を飛ばし、石像を粉砕する。
「解析完了。敵の弱点は『関節部のデータ結合部』です。座標を送ります!」
佐伯が冷静に指示を出し、遼司の視界にターゲットマーカーを表示させる。
「サンキュー、佐伯!」
遼司は跳躍し、ドラゴンの背中に飛び乗った。
右腕の出力を全開にする。
「カイン! ブーストだ!」
『了解。……モード・パイルバンカー』
遼司の右腕が変形し、巨大な杭打ち機のような形状になる。
それをドラゴンの首元に突き立てる。
「眠ってろ! 過去の遺物!」
ズドン!!
衝撃波が走り、ドラゴンの巨体がデータとなって霧散した。
だが、敵は無限に湧いてくる。
倒しても倒しても、泥の中から新たな怨念が這い出してくる。
「キリがありません! 局長、先へ!」
星が複数の敵を引き受けながら叫ぶ。
「頼む!」
遼司は敵陣を突破し、光の中心へと走った。
そこには、黒い水晶の中に封じ込められた、美しく輝く「青い宝石」があった。
魂の欠片だ。
「……見つけたぞ」
遼司が手を伸ばそうとした瞬間。
『……触レルナ』
水晶の番人――全身が黒い炎に包まれた騎士が、音もなく現れた。
その手には、遼司の背丈ほどある大剣が握られている。
『警告。対象、識別不能。……推定ランク「特級」。第1層のボス(ナイ)に匹敵する高密度エネルギー反応です』
カインの声が緊張する。
「……ここが正念場か」
遼司は霊子銃を構えた。
だが、騎士のプレッシャーは圧倒的だ。
一歩でも動けば、その瞬間に首が飛ぶ。
(……力押しじゃ勝てねえ。だが、引くわけにはいかねえんだよ!)
遼司は、懐から一枚の写真を取り出した。
写楽が撮ってくれた、八千代との写真。
その笑顔が、遼司に無限の勇気をくれる。
「どけ。……その石は、俺の嫁に必要なんだ」
『……嫁?』
騎士の動きが、一瞬だけ止まった。
その兜の奥から、くぐもった声が響く。
『我モ……守リタカッタ……。愛スル者ヲ……』
騎士の身体から、悲しげなノイズが溢れ出す。
こいつもまた、何かを守ろうとして、守れずに散った敗者なのか。
「なら、分かるだろ。……男には、引けねえ時があるってことが」
遼司は、霊子銃を捨てた。
そして、丸腰のまま、騎士に向かって歩き出した。
『……兄さん!? 自殺行為です!』
「黙って見てろ、カイン!」
遼司は、騎士の間合いに入った。
騎士が大剣を振り上げる。
だが、振り下ろされない。
遼司は、騎士の胸(と思われる場所)に、自分の右腕を押し当てた。
攻撃ではない。
「共感」のデータを流し込んだのだ。
「……辛かったな。悔しかったな。……でも、もう終わりだ」
遼司は、自分の「後悔の記憶」――30年前に妻を残して死んだ無念――を、騎士に共有した。
「俺もお前と同じだ。……だからこそ、今度こそは守り抜く。その覚悟だけは、誰にも負けねえ」
騎士が震えた。
そして、振り上げていた大剣を、ゆっくりと下ろした。
『……行ケ。……愛ヲ、繋ゲ』
騎士は黒い炎となって消え、後には一本の錆びた剣だけが残った。
彼は、遼司の覚悟に、かつての自分を重ねたのかもしれない。
「……ありがとな」
遼司は水晶を砕き、中から「青い宝石」を取り出した。
それは、氷のように冷たく、けれど確かな脈動を持っていた。
「確保した! 撤収するぞ!」
遼司が叫ぶと、星と佐伯が駆け寄ってきた。
二人ともボロボロだが、無事だ。
「やりましたね、局長!」
「計算外の攻略法でしたが……結果オーライです」
三人は、崩壊を始める封印の谷から、全速力で脱出した。
***
早朝。阿武隈探偵事務所。
遼司たちが帰還すると、八千代はまだ眠っていた。
「……間に合った」
遼司は、眠る八千代の胸元に、持ち帰った「魂の欠片」をそっと置いた。
宝石は溶けるように八千代の身体に吸い込まれ、淡い光となって彼女を包み込んだ。
ドクン。
八千代の顔色が、さっと良くなる。
時折走っていたノイズも消え、呼吸が深くなった。
『確認。対象の存在維持係数、安定域まで回復。……これで、当面の発作は抑えられます』
カインの報告に、遼司はその場に座り込んだ。
泥だらけのスーツ。傷だらけの身体。
だが、その顔には安堵の笑みが浮かんでいた。
「……ん……。局長……?」
八千代が目を覚ました。
彼女は、ボロボロになった遼司を見て、目を丸くした。
「そ、そのお怪我……! まさか、また無茶を……!」
「……へっ。ちょっと現場で転んじまってな」
遼司は、痛む身体を起こして、八千代の頭を撫でた。
「おはよう、八千代。……今日も、いい天気だぞ」
八千代は、自分の身体が以前より軽くなっていることに気づいた。
そして、目の前の夫が、何をしてくれたのかを悟った。
「……馬鹿な人」
八千代は、涙をこぼしながら遼司に抱きついた。
泥の匂い。血の匂い。
そして、何よりも愛おしい、夫の匂い。
「ありがとう。……ありがとうございます、あなた」
「礼には及ばんよ。……さあ、朝飯にしようぜ。腹ペコだ」
探偵事務所に、再び穏やかな朝が戻ってきた。
だが、これは一時的な延命に過ぎないことも、遼司は知っていた。
それでも。
今日という一日を、笑顔で始められるなら、命を懸ける価値はある。
朝日の中で、二人の影が重なり合った。
砂時計の砂は、まだ落ち続けている。
だが、その輝きは、以前よりも強く、美しく見えた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




