黒猫の宅配便、宛先は「黄泉」
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「にゃ〜ん」
阿武隈探偵事務所のドアを引っ掻く音。
開けると、そこにいたのは依頼人ではなく、一匹の黒猫だった。
その首には、小さな風呂敷包みが巻かれている。
「あら、可愛いお客様ですね」
八千代がしゃがみ込み、猫の頭を撫でる。
猫は気持ちよさそうに目を細め、風呂敷包みを八千代の手に押し付けた。
「……お届け物かしら?」
包みの中には、一枚の手紙と、古びた鍵が入っていた。
手紙には、震えるような筆跡でこう書かれている。
『助けてください。私の「死に場所」が、誰かに奪われてしまいました』
***
依頼主は、この黒猫――ではなく、黒猫を使役していた「幽霊」だった。
名前は「おキヨ」。
第12区画の古い墓地に住み着いている、自縛霊(バグ化したNPCの残留思念)だ。
「……なるほど。お前さんの墓が、何者かに荒らされて、成仏できなくなったってわけか」
墓地の一角。
半透明の姿で現れたおキヨの話を聞き、遼司は腕組みをした。
「はい……。あの墓には、私の生前の記憶が埋まっているんです。それを掘り起こされてしまっては、私はいつまで経っても消えることができません」
おキヨが指差した先には、掘り返された穴があった。
墓石は倒され、周囲には不気味な魔法陣のような落書きが残されている。
『解析。魔法陣の術式パターン、照合。……「新しき教団」のものです。彼らは、墓地に眠る残留データを収集し、何らかの儀式に利用しようとしています』
右腕のカインが、即座に犯人を特定する。
「またあいつらか。……懲りねえな」
遼司は舌打ちした。
第53話で一度シメたはずだが、まだ活動を続けていたらしい。
しかも今度は、死者の安眠を妨害するとは。
「安心しな、婆さん。……その墓、俺たちが取り返してやる」
遼司は、おキヨの肩(透けているが)をポンと叩いた。
「星! 八千代! 行くぞ! 墓荒らしの大掃除だ!」
***
教団のアジトは、墓地の地下にある納骨堂だった。
薄暗い堂内には、盗まれた骨壺が山積みになっている。
「ふははは! 見ろ、この膨大な死のデータを! これがあれば、我々はナイ様を超える『真の神』を降臨させることができる!」
教団のリーダー格の男が、骨壺の前で狂ったように演説している。
「……おい。その壺、返してもらおうか」
遼司が影から現れると、男は驚愕の表情を浮かべた。
「き、貴様は! 阿武隈遼司! なぜここが!?」
「黒猫の宅配便だよ。……不在通知を入れに来た」
遼司は霊子銃を構えた。
「てめえらが集めてるのは『神の材料』なんかじゃねえ。……ただの『ゴミ』だ。死者の尊厳を踏みにじるだけのな!」
「黙れ! 攻撃開始!」
教団員たちが、骨壺から黒い霧を呼び出し、襲いかかってくる。
だが、今の遼司たちにとって、それは脅威ですらない。
「天秤流・浄化の舞!」
星の日本刀が、黒い霧を切り裂く。
『ターゲットロック。弱点解析完了。……右腕部、出力30%で十分です』
カインのサポートを受けた遼司の拳が、教団員たちを次々と吹き飛ばす。
あっという間に、アジトは制圧された。
「ひぃぃぃ! お助けぇぇ!」
リーダーが逃げ出そうとするが、その足を「黒い影」が掴んだ。
「にゃ〜ッ!」
黒猫だ。
おキヨの使い魔が、リーダーの足に噛み付いている。
「痛ってぇ! 離せ、この駄猫!」
「……よくやった」
遼司はリーダーの首根っこを掴み上げ、壁に叩きつけた。
「いいか。二度と墓場に近づくな。……次は、てめえ用の墓穴を掘ってやるからな」
遼司のドスの効いた声に、リーダーは泡を吹いて気絶した。
***
夕暮れの墓地。
おキヨの墓は、元通りに修復されていた。
「ありがとうございます、探偵さん……。これでやっと、眠ることができます」
おキヨは、穏やかな笑顔を浮かべていた。
その身体が、光の粒子となって空へ溶けていく。
「……ああ。ゆっくり休めよ」
遼司は帽子を取って黙祷した。
黒猫が、「にゃーん」とひと鳴きして、光の後を追うように去っていく。
「いい仕事でしたね、局長」
星が満足げに頷く。
「……そうだな」
遼司は、修復された墓石を見つめた。
そこには、おキヨの名前と、没年月日が刻まれている。
生きた証。死んだ証。
それが守られることの、なんと尊いことか。
「……ねえ、あなた」
隣にいた八千代が、ふと呟いた。
「私のお墓も……こんな風に、綺麗な場所だといいですね」
その言葉に、遼司はハッとして八千代を見た。
彼女は、冗談めかして言ったつもりかもしれない。
だが、その瞳は笑っていなかった。
「……八千代。そんなこと言うな」
「ごめんなさい。……でも、少しだけ、羨ましくて」
八千代は、自分の手を見つめた。
その指先が、またノイズで揺らいでいる。
「私には……お墓がないかもしれませんから」
現実世界の彼女は植物状態。
もし死ねば、肉体は焼かれ、骨になる。
だが、この世界(SAGA SAGA)にある彼女の魂は、どうなるのか。
データとして消去されるのか。それとも、行き場を失って彷徨うのか。
「……馬鹿野郎」
遼司は、八千代の手を強く握りしめた。
「お前には、帰る場所がある。……俺の隣だ」
遼司は、八千代の目を見据えて言った。
「お前がどこに行こうと、俺が必ず見つける。……骨になろうが、データになろうが、絶対に離さねえ」
それは、プロポーズのような、誓いの言葉だった。
「……はい。信じています」
八千代は、涙をこらえて微笑んだ。
その時だった。
八千代の身体が、かつてないほど激しく明滅した。
「……ッ!?」
「八千代!?」
彼女の足元の地面が、ノイズの沼のように黒く染まる。
SAGA SAGAのシステムが、彼女を「異物」として排斥しようとしているのか。
それとも、現実世界の肉体が、限界を迎えたのか。
『警告! 警告! 対象の存在維持係数、危険域に突入! リンク切断まで、あと……』
カインの警報が鳴り響く中、八千代は崩れ落ちるように倒れた。
「八千代ォォォォッ!!」
遼司の絶叫が、夕闇の墓地に木霊した。
平穏な日常は、唐突に終わりを告げた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




