錆びついた巨人と、一輪のコスモス
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……ぬるい」
阿武隈探偵事務所のソファで、早乙女星が不満げに呟いた。
彼女の前には、八千代が淹れたての紅茶と、商店街で買ってきた「限定マロンケーキ」が置かれている。
「何がだ? 紅茶か?」
デスクで事務処理をしていた遼司が顔を上げる。
「違います。……私自身のことです」
星は、ケーキの栗をフォークで突きながら、ため息をついた。
「この平和な日常に浸りすぎて、私の『断罪の刃』が錆びついているのではないかと。……昨日も、夢を見ました。ケーキバイキングで、全種類制覇する夢を」
「いい夢じゃねえか。幸せそうで何よりだ」
「良くありません! 私は正義の女神アストレアの化身! 悪を討つ剣です! ……それなのに、最近の悩み事といえば『体重計に乗るのが怖い』ことくらいなんて!」
星が頭を抱える。
平和ボケへの葛藤。
それは、彼女がこの世界(SAGA SAGA)の「人間臭さ」に馴染んでいる証拠でもあった。
その時、事務所の電話が鳴った。
「はい、阿武隈探偵事務所です。……ええ。森の中に、怪物?」
八千代がメモを取りながら、遼司たちに目配せをする。
「……分かりました。すぐに調査に向かいます」
受話器を置いた八千代が告げる。
「第15区画の『緑地エリア』で、巨大な鉄の怪物が目撃されたそうです。動かずにじっとしているそうですが、住民が怖がっていて」
「鉄の怪物……。第1部の残党(不法投棄)か?」
遼司が立ち上がると、星が勢いよく立ち上がった。
フォークを置き、日本刀を掴む。
「行きます! これぞ、私が求めていた『悪』の気配! 錆び落としには丁度いい相手です!」
「……おいおい。ケーキ食ってからにしろよ」
***
第15区画は、アトランティア市でも数少ない、手つかずの自然が残る森林エリアだ。
木漏れ日が差し込む静かな森の奥。
そこに、異様な影があった。
「……デカいな」
遼司たちが見上げた先には、高さ5メートルはある巨大な人型ロボット――のような残骸が鎮座していた。
全身が赤錆に覆われ、装甲の隙間からは蔦や苔が生えている。
『解析。対象識別コード照合……「攻城用ゴーレム・マークIV」。第1部の侵略戦争時、第2層から投下された自律兵器の生き残りです』
右腕のカインが、警戒レベルを引き上げる。
『動力炉にクリティカルな損傷あり。……稼働停止状態に見えますが、いつ暴走してもおかしくありません。即時破壊を推奨します』
「ほう。まさにおあつらえ向きの『敵』ですね」
星が抜刀し、殺気を放つ。
「放置すれば市民に害をなす。……ならば、ここで断ち切るのが正義!」
星が踏み込み、必殺の間合いに入ろうとした瞬間。
「待て、星!」
遼司が鋭い声で制止した。
「……何ですか、局長。敵を前にして、情けですか?」
「違う。……よく見ろ。あいつの足元だ」
遼司に言われ、星は切っ先を下げてゴーレムの足元を凝視した。
錆びついた鋼鉄の足。
その指先のすぐ側に、一輪の小さな花――薄紅色のコスモスが咲いていた。
そして、ゴーレムの巨大な手は、その花を覆うように、雨風を凌ぐ屋根の形を作って固定されていた。
「……あれは?」
「あいつは、動けないんじゃない。……動かないんだ」
遼司は、ゴーレムの正面に歩み寄った。
ゴーレムの単眼は、光を失いかけて明滅している。
だが、その視線は確実に、足元の小さな花に向けられていた。
『警告。対象の動力炉、メルトダウン寸前です。内部温度上昇中。……彼は、自分の冷却エネルギーを全てカットして、その余剰出力を「姿勢制御」に回しています』
カインの声に、困惑が混じる。
『理解不能。自身の生存よりも、無価値な有機物(花)の保護を優先している? ……論理的エラーです』
「エラーじゃねえよ。……『意地』だ」
遼司はゴーレムの足元に触れた。
熱い。
今にも爆発しそうな高熱を、必死に内側に押し込めて、花が焼けないように耐えている。
こいつは、侵略兵器として生まれた。
だが、戦いに敗れ、森に置き去りにされた後……偶然足元に咲いた小さな命に、自分の「存在意義」を見出したのかもしれない。
「……おい、デカブツ。辛えだろう」
遼司が声をかけると、ゴーレムの単眼が僅かに動き、遼司を捉えた。
『……ガ……ガガ……』
ノイズ混じりの音声。
攻撃の意思はない。ただ、「どいてくれ」と言っているように聞こえた。
自分が爆発した時、巻き込まないように。
「星。……お前の『正義』は、こいつを斬るか?」
遼司に問われ、星は刀を握りしめた。
彼女は、アストレアの化身。悪を許さず、秩序を守る神。
兵器は破壊するのが道理だ。
だが。
「……いいえ。弱きを守る者を斬る剣は、私は持ち合わせていません」
星は刀を鞘に納めた。
そして、ゴーレムを見上げて、どこか優しく微笑んだ。
「貴方は、立派な戦士です。……その任務、私が引き継ぎましょう」
星は両手を広げ、神気を放出した。
「天秤の加護よ! ……爆炎を封じ、静寂をもたらせ!」
星の作り出した結界が、ゴーレムを包み込む。
同時に、遼司が右腕をゴーレムの胸部に突き当てた。
「カイン! 冷却剤を全投入だ! ……こいつを『楽』にしてやるぞ!」
『……了解。リソースの無駄遣いですが……貴方らしい』
プシューッ……。
白煙が上がり、ゴーレムの熱が急速に奪われていく。
動力炉の暴走が収まり、赤い光が静かに消えていく。
最期に、ゴーレムの単眼が一度だけ点滅した。
『……アリ……ガト……』
ガクン。
巨体がわずかに沈み込み、完全に機能を停止した。
その姿勢は、花を守る屋根のまま、永遠に固定された。
「……終わったか」
遼司は右腕の熱を冷ましながら、ため息をついた。
森に風が吹く。
ゴーレムの手の下で、コスモスが小さく揺れた。
鉄の巨人は、もう二度と動かない。だが、錆びついたその身体は、これからもこの花が枯れるまで、雨風を防ぎ続けるだろう。
「……ふん。悪くない最期だ」
遼司は帽子を直した。
限られた時間(命)を、何に使うか。
世界を壊すためではなく、たった一輪の花を守るために使い切ったなら……それは、どんな英雄よりも立派な生き様だ。
「……局長」
星が、ゴーレムの足元に膝をつき、手を合わせていた。
「私、分かりました。……私の剣が錆びていたんじゃありません」
星は立ち上がり、清々しい顔をした。
「この世界には、斬るべき悪よりも……守るべき愛おしいものが、多すぎるだけなんです」
「……へっ。うまいこと言うな」
遼司は苦笑いした。
この堅物な女神様も、ずいぶんと「人間」らしくなったものだ。
「帰るぞ。八千代が心配してる」
「はい! ……あ、帰ったらケーキの続きを食べないと!」
「お前な……。さっきの殊勝なセリフはどこ行った」
二人は並んで、森を後にした。
背後には、森の守り神となった錆びついた巨人が、静かに佇んでいた。
その姿は、まるで「お達者で」と手を振っているようにも見えた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




