天気予報は『涙』のち『晴れ』
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「局長。……今日は降水確率0%のはずですよね?」
アトランティア市、第12区画の公園。
ベンチに座る星が、不思議そうに空を見上げた。
SAGA SAGAの空は、雲ひとつない快晴だ。
だが、公園の中央にある「噴水広場」の周りだけ、しとしとと冷たい雨が降っている。
「ああ。気象管理サーバーも『晴れ』と断言してるそうだ。……つまり、こいつは『天気』じゃねえ」
遼司は傘もささずに、雨の降る広場へと歩み寄った。
雨の範囲は、直径わずか10メートルほど。
その中心に、一人の少女が立っていた。
花柄のワンピースを着た、どこにでもいそうなNPCの少女。
彼女は、ずぶ濡れになりがら、空を見上げて微笑んでいた。
だが、その頬には雨粒とは違う、温かい雫が伝っている。
「……泣いてるのか、笑ってるのか。器用な顔だな」
遼司が声をかけると、少女はゆっくりと振り向いた。
「あら、探偵さん。……素敵な雨でしょう?」
「雨? 俺には『エラー』に見えるがな」
遼司は、右腕をかざした。
『解析。対象:一般NPC「ミナ」。……異常検知。彼女の情動データが、システム規定値を逸脱しています。感情パラメータが「喜び」と「悲しみ」の間で高速振動し、その処理落ちが周囲の環境制御(天気)にバグを引き起こしています』
「なるほどな。心が迷子になって、空模様まで巻き込んじまったってわけか」
遼司は少女――ミナの隣に立った。
冷たい雨が、遼司のスーツを濡らす。
「お嬢さん。何があった? 誰かを待ってるのか?」
ミナは首を傾げた。
「待っている……? いえ、分かりません。ただ、ここに来ると、胸がギュッとなって……空が泣き出すんです」
彼女は胸に手を当てた。
「でも、嫌な感じじゃないの。とっても温かくて、懐かしくて……。だから私、この雨が好きなの」
『推測。彼女の記憶領域に、特定のプレイヤーに関するデータが残存しています。しかし、そのプレイヤーIDは既に抹消済み。……つまり、彼女は「二度と会えない相手」との記憶を、バグとして抱え続けている』
カインの冷徹な声が響く。
プレイヤーが去り、アカウントが消えても、NPCの中に残された「想い」だけが消えずに残る。
それはSAGA SAGAのシステムにとって、処理しきれない「ゴミ」だ。
「……そいつは、切ねえ話だな」
その時、公園の管理AIドローンが飛来した。
『警告。局所的気象異常を検知。システム健全化のため、当該エリアの「強制リセット」を実行します。対象NPCは退避してください』
「リセットだと?」
ドローンから、消去プログラムの光が照射されようとする。
このままでは、この雨も、彼女の「温かい想い」も、すべて無かったことにされてしまう。
「やめろ! ……この雨は、ゴミじゃねえ!」
遼司は霊子銃を抜き、ドローンを撃ち落とした。
パァン!
ドローンが火花を散らして墜落する。
「探偵さん……?」
ミナが驚いて目を丸くする。
「安心しな。……俺は、こういう『宛先不明の荷物』を放っておけない性分でね」
遼司はミナに向き直った。
「お嬢さん。その雨の正体、教えてやるよ」
遼司は右腕をミナの額にかざした。
カインの演算能力を使って、彼女の深層データに残る「ログ」を解析し、映像化する。
空間に、ホログラムが浮かび上がった。
それは、かつてのこの公園の風景。
ベンチに座るミナと、一人のプレイヤーの姿。
『ごめんね、ミナ。……僕はもう、ここには来られないんだ』
プレイヤーが、悲しげにミナの手を握る。
『現実世界で、頑張らなきゃいけないことができたんだ。……だから、さよならだ』
プレイヤーは泣いていた。
そして、別れ際にミナの頭を撫でて、精一杯の笑顔を見せた。
『楽しかったよ。……ありがとう』
映像が消える。
「……あ……」
ミナの目から、涙が溢れ出した。
「思い出した……。私、あの人と……」
「そうだ。あいつは、お前を捨てたんじゃない。……お前との時間を『宝物』にして、自分の世界へ帰っていったんだ」
遼司は、降り注ぐ雨を見上げた。
「この雨は、あいつが最後に残した『別れの涙』だ。……そして、お前への『感謝』だ」
喜びと悲しみ。
相反する感情が混ざり合い、整理がつかないまま残された想い。
それが、この天気雨の正体だったのだ。
「……そっか。私、愛されていたんだ」
ミナは、雨に向かって手を伸ばした。
その顔には、もう迷いはなかった。
「ありがとう、探偵さん。……私、もう大丈夫」
彼女がそう呟くと、奇跡が起きた。
しとしとと降っていた雨が、急速に上がり始めたのだ。
雲間から差し込む光が、雨粒をキラキラと輝かせる。
そして、空には大きな虹がかかった。
『解析。情動データの安定を確認。……パラメータ、「思い出」としてアーカイブ化完了』
「……へっ。天気予報は『涙』のち『晴れ』ってとこか」
遼司は帽子を直した。
ミナは、虹を見上げながら、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
もう、彼女の心がバグを起こすことはないだろう。
大切な思い出は、胸の中にしまわれたのだから。
***
事務所への帰り道。
水たまりを避けながら歩く遼司の隣で、星が感心したように言った。
「局長。貴方は本当に……どんな『想い』でも拾い上げますね」
「拾ってるんじゃねえよ。……落ちてると、歩くのに邪魔だから片付けてるだけだ」
遼司は照れ隠しにそっぽを向いた。
その視線の先に、事務所の前で待っている八千代の姿が見えた。
「おかえりなさい、局長。……濡れませんでしたか?」
八千代がタオルを持って駆け寄ってくる。
その笑顔を見た瞬間、遼司の胸が痛んだ。
いつか訪れる、八千代との別れ。
その時、自分はミナのように笑えるだろうか。
それとも、終わらない雨を降らせてしまうのだろうか。
「……八千代」
「はい?」
「タオル、ありがとな」
遼司は八千代の手からタオルを受け取り、乱暴に頭を拭いた。
今はまだ、この温もりがある。
それだけで十分だ。
「さあ、帰ろうぜ。……腹減った」
「ふふっ。今日はシチューですよ」
雨上がりのアトランティア市に、三人の影が長く伸びていた。
虹の架かる空の下、彼らの日常は、もう少しだけ続いていく。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




