真夜中の幽霊列車(ファントム・トレイン)
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……出たな。お化け屋敷の次は、幽霊列車か」
深夜2時。
アトランティア市の地下鉄、第9区画の廃線エリア。
阿武隈遼司は、線路脇のメンテナンス通路に立ち、暗闇の奥を睨みつけていた。
『接近中。推定質量、300トン。……物理的な実体はありません。高密度の「残留データ」の集合体です』
右腕のカインが、冷静に分析結果を告げる。
ここ数日、深夜の地下鉄に「時刻表にない列車」が走り、目撃したNPCが昏睡状態に陥るという事件が多発していた。
都市伝説のような話だが、佐伯の解析によれば、それは巨大な「メモリリーク(記憶情報の漏出)」の塊だという。
「来るぞ! 星、構えろ!」
「御意! 悪しき亡霊よ、裁きの時です!」
ゴオオオオオオオ……!
地響きと共に、暗闇から現れたのは、青白く発光する旧式の蒸気機関車だった。
車輪からは火花の代わりにノイズが散り、煙突からは黒い霧が噴き出している。
そして、客車の窓には――無数の「顔」が張り付いていた。
「うわっ……! なんだありゃ!?」
「あれは……かつてこの世界に存在し、削除された(デリートされた)NPCたちの残骸です!」
星が悲鳴に近い声を上げる。
『警告。精神汚染レベル上昇。あの列車は、システムから廃棄された「不要データ」の墓場です。接触すれば、こちらのデータもドラッグ&ドロップで引きずり込まれます』
「ゴミ収集車ってわけか。……だが、随分とマナーの悪い回収業者だな!」
遼司は走ってくる列車に向かって、正面から飛び出した。
「止まれぇぇぇッ!」
右腕を展開し、巨大なエネルギー障壁を作り出す。
激突。
ズガガガガガガッ!!
凄まじい衝撃が遼司を襲う。
物理的な重さではない。何千、何万という「忘れ去られた者たち」の無念の重さが、遼司の精神を軋ませる。
『兄さん! 無茶です! 障壁が持ちません!』
「うるせえ! ここで止めなきゃ、この先の駅(第10区画)に突っ込むぞ!」
第10区画は住宅街だ。こんな呪いの塊が突っ込めば、大惨事になる。
「星! 車輪を狙え!」
「はっ! 天秤流・断脚!」
星が側面から斬りかかる。
日本刀が車輪を切り裂くが、列車は止まらない。
車輪が再生し、さらに加速しようとする。
「くそっ……! 動力がデカすぎる! 一体何がこいつを動かしてやがる!」
その時、運転席の窓が開いた。
そこから顔を出したのは、制帽を被った骸骨のような車掌――ではなく、**「中身のない制服」**だった。
『……終点……終点……。ワタシタチノ、行キ場ハ、ドコ……?』
空洞の制服から、悲痛なノイズが響く。
「……!」
遼司は悟った。
こいつらは、悪意で動いているんじゃない。
「迷子」なんだ。
削除されたデータが、消える場所を見つけられずに、この世界を彷徨い続けている。
(……予言者の言ってた「内側からの崩壊」ってのは、こういうことか)
哲人が作ったこの世界は、あまりに完璧すぎた。
だからこそ、不要になったデータさえも「情念」を持ち、消えることを拒んでバグ化してしまう。
「……分かったよ。案内してやる」
遼司は障壁を解いた。
そして、衝突の寸前で列車の先端に飛び乗った。
「局長!?」
「星! お前はここで待機だ! 俺がこいつらを『車庫』まで送ってくる!」
「でも、どこへ!?」
「決まってんだろ! ……『忘れ去られた場所』だ!」
遼司は、暴走する列車の上で仁王立ちになった。
風圧でスーツがバタバタと暴れる。
「佐伯! 聞こえるか! ポイント切り替えだ!」
『局長、無茶苦茶です! でも……分かりました!』
地下中枢の佐伯が、キーボードを叩く。
前方の線路が切り替わり、列車はさらに深い地下――廃棄された「旧地下道」へと誘導される。
そこは、SAGA SAGAのシステムからも切り離された、虚無の空間。
データの墓場。
『……暗イ……暗イヨォ……』
車掌の制服が震える。
遼司は、運転席の窓を叩き割って中に入った。
そして、空っぽの車掌の肩を抱いた。
「怖くねえよ。……俺がついてる」
遼司は、霊子銃を抜いた。
だが、銃口を向けたのは車掌ではない。
列車の動力炉――赤く脈動する「未練の塊」だ。
「お前らは、用済みなんかじゃない。この世界の歴史の一部だ。……だから、安心して眠れ」
遼司は、優しくトリガーを引いた。
「お疲れさん。……終点だ」
パァァァァン……。
青白い光が動力炉を貫く。
暴走していたエンジンが停止し、列車はゆっくりと速度を落とした。
周囲の景色が、暗闇から柔らかな光の粒子へと変わっていく。
客車に張り付いていた亡霊たちの顔が、穏やかな表情に変わり、次々と光に溶けていく。
『……アリガトウ……』
『……サヨウナラ……』
車掌の制服もまた、敬礼をするように崩れ落ち、光の中に消えた。
列車は完全に停止し、遼司だけが光の粒子の中に残された。
「……ふぅ。ガラにもなく、センチになっちまったな」
遼司は帽子を直し、一服しようとして――止めた。
ここは墓場だ。行儀よくしなきゃな。
『……任務完了。対象データの完全消去を確認。兄さん、貴方は清掃業者にもなれそうですね』
カインが憎まれ口を叩く。
「へっ。郵便局員は、宛先のない手紙を『供養』するのも仕事のうちなんだよ」
***
地上に戻ると、朝が来ていた。
星と、心配して駆けつけた八千代が出迎える。
「局長! ご無事で!」
「もう……。またそんな無茶をして」
八千代が、安堵の涙を浮かべて遼司の泥を払う。
その手は、まだ少し冷たかったが、確かにそこに在った。
「……八千代。お前は、消えたりしねえよな」
遼司はふと、そんなことを口走ってしまった。
あの列車に乗っていた亡霊たちと、八千代の姿が重なって見えたからだ。
八千代は一瞬きょとんとして、それから優しく微笑んだ。
「ええ。……私が乗る列車は、まだ来ていませんよ。貴方という運転士さんが、ここにいる限りは」
「……そうか。なら、安全運転でいかねえとな」
遼司は八千代の手を握りしめ、歩き出した。
朝日が眩しい。
だが、その光の影には、確実に「世界の歪み」が広がり始めている。
迷子の幽霊列車は、ほんの始まりに過ぎない。
これから先、もっと多くの「忘れられたもの」たちが、救いを求めて牙を剥くかもしれない。
(かかってこい。……俺が全部、見届けてやる)
遼司は心に誓い、新しい朝の雑踏へと帰っていった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




