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【完結済】多分、異世界転生もの。  作者: 久遠 魂録


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58/102

散らない桜と、止まった時計

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

「局長。……ご存じですか? 第8区画の公園にある『散らない桜』の噂」

阿武隈探偵事務所の昼下がり。

八千代が、少し調子の良さそうな顔色で紅茶を淹れながら言った。

「散らない桜?」

「ええ。何でも、その桜の下に行くと、一番幸せだった瞬間のまま『時間が止まる』そうです。……永遠に、その幸せの中にいられるとか」

八千代の言葉に、遼司の手がピクリと止まった。

永遠。時間が止まる。

それは今の遼司にとって、喉から手が出るほど欲しい言葉であり、同時に最も忌むべき言葉でもあった。

「……くだらねえ。どうせまた、旧き教団の残党が仕掛けたバグだろ」

遼司は、わざと素っ気なく答えた。

だが、その右腕カインは、即座に反応を示していた。

『警告。当該エリアにて、局所的な「時間凍結タイム・フリーズ」現象を確認。規模は半径50メートル。……危険度は「中」ですが、放置すれば周囲のデータ更新を阻害し、エリア全体が壊死します』

「壊死、か。……やっぱり、ロクなもんじゃねえな」

遼司は立ち上がった。

「行ってくる。……八千代、お前は留守番だ」

「はい。……お気をつけて」

八千代は素直に頷いた。

彼女も分かっているのだ。今の自分の身体では、足手まといになるだけでなく、その「永遠」という甘い毒に、誰よりも惹かれてしまうかもしれないことを。

***

第8区画、メモリアル公園。

その一角だけ、季節外れの桜が満開に咲き誇っていた。

ピンク色の花弁が舞い散るが、地面に落ちることはない。空中でふわりと浮き続け、無限のループを描いている。

「綺麗ですね……。でも、気持ち悪いです」

同行した星が、日本刀の柄に手をかけて眉をひそめる。

桜の下には、数人のNPCが立ち尽くしていた。

恋人同士、親子、老夫婦。

彼らは皆、幸せそうな笑顔を浮かべたまま、ピクリとも動かない。

瞬きすらしていない。

『解析。対象者たちの脳波は、幸福な記憶のループ再生によりロックされています。外部刺激への反応なし。……実質的な「植物状態」です』

カインの冷徹な分析が、遼司の胸を抉る。

植物状態。

それは、現実世界の八千代(初喜)と同じ状態だ。

「……ようこそ、迷える子羊たち」

桜の木の陰から、一人の男が現れた。

燕尾服を着て、片眼鏡をかけた紳士風の男。手には大きな懐中時計を持っている。

「私は『とき屋』。……どうです? この素晴らしい景色は。ここでは誰も老いず、誰も失わず、愛だけが永遠に続くのです」

男は、陶酔したように両手を広げた。

「貴方も望んでいるのでしょう? ……大切な人が、壊れていくのを見るのは辛いでしょう?」

男の視線が、遼司を見透かすように射抜く。

この男、知っている。

遼司が抱える「恐怖」を。八千代の「期限」を。

「……ああ、辛いな。身が引き裂かれる思いだ」

遼司は否定しなかった。

その正直な言葉に、男は満足げに微笑み、懐中時計を差し出した。

「なら、契約しましょう。貴方の奥様を、この園にお招きください。私が、彼女の時間を『一番美しい状態』で止めて差し上げます。……痛みも、消失も、もう二度と訪れませんよ?」

甘美な誘惑。

八千代を連れてくれば、彼女はもう苦しまない。

焦げた卵焼きに泣くことも、指先が消える恐怖に震えることもない。

永遠に、あの穏やかな笑顔のままでいられる。

星が、息を呑んで遼司を見る。

「局長……?」

遼司は、懐中時計を受け取ろうと手を伸ばし――。

ガシッ!!

その手で、男の腕を力任せに掴み上げた。

「……断る」

「なッ……!? なぜですか! 彼女を愛しているのでしょう!?」

「愛してるからこそだ!」

遼司の右腕が唸りを上げ、男の腕を締め上げる。

「時間が止まった笑顔なんて、ただの『画像データ』だ! 俺が見たいのはな……今日笑って、明日泣いて、明後日また怒る……そういう『生きた八千代』なんだよ!」

遼司は、八千代が焦がした卵焼きの味を思い出した。

あの苦味。あの失敗。

それこそが、彼女が生きている証だった。

「それに、永遠なんて言葉を安売りするな! ……終わりがあるから、俺たちは必死に今日を生きるんだ!」

遼司は左手で霊子銃を抜き、男が持つ懐中時計――この空間の制御デバイス――を撃ち抜いた。

「時を動かせ! 臆病者が!」

パァァァァン!!

懐中時計が粉砕されると同時に、桜のループが解けた。

空中に浮いていた花弁が、一斉に地面へと降り注ぐ。

止まっていた人々が、「はっ」と息を吹き返し、自分が何をしていたのかと見回し始めた。

「……馬鹿な。永遠を拒絶するなんて……人間は、そこまで愚かか……」

男は腕を抑えて後退った。

その姿が、ノイズ混じりの霧となって消えていく。

「愚かで結構。……俺たちは、泥臭く時間を進むだけだ」

遼司は、散りゆく桜を見上げた。

地面に落ちた花弁は、すぐに色褪せ、消えていく。

その儚さこそが、美しいのだと、今は胸を張って言える。

***

事務所に戻ると、八千代が出迎えてくれた。

「おかえりなさい。……どうでしたか? 散らない桜は」

「ああ。……綺麗だったが、すぐ散っちまったよ」

遼司は帽子を掛け、ソファに座った。

「やっぱり、桜は散るからいいんだな」

「ふふっ。そうですね」

八千代は、遼司の前にコーヒーを置いた。

その手には、また新しい絆創膏が増えている。

時間は残酷に進んでいる。

だが、その進む時間の中で、彼女は今日も遼司のためにコーヒーを淹れてくれた。

「……美味い」

「よかったです」

遼司は、カップの温もりを手のひらで感じながら、心に誓った。

永遠なんていらない。

ただ、この温かいコーヒーが冷めるまでの時間を、大切に味わい尽くそうと。

窓の外では、日が沈み、夜が来る。

止まらない時間が、二人を優しく包み込んでいた。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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